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2009/08/06

平和で核兵器のない世界を目指すために

64年前の今日、広島に原爆が落とされました。
随分昔になりますが、出張でアメリカに行くことがありました。
その時に、ワシントンのスミソニアン博物館を訪れました。
航空宇宙博物館の中にあったのはエノラゲイ。
(今は別館に展示されていますが、当時は本館のほうに(たぶん一部だけ)展示されていました。
原爆展、としてその残虐さ悲惨さを伝える展示が企画されて、退役軍人かなんかの圧力で企画倒れになったいきさつがあったように覚えています。

アメリカでは、広島原爆の意義や存在は肯定されているほうが多数派です。
被爆国の日本では原爆(をはじめ核兵器)が残虐で悲惨な兵器である、という認識が一般的ですが、この兵器を使用した国はそんな風には思っていません。
むしろ悲惨な戦争を早く終わらせた英雄、スーパー兵器、といったくらいの認識です。
必要悪程度に思っている人ですらその意思は強くはありません。なんとく、といったていどでしょう。
だからこそ、その抑止力を信じて核武装しているのです。
アメリカ以外の他国もそれに応じて核開発をし、核武装しているのです。
世界中を見渡しても自国外の勢力から直接的な核攻撃を受けたという意味での被爆国は日本だけ。
日本の侵略、植民地支配から解放した、と肯定的な気持ちが根強いアジアの人々がいることも事実です。
核兵器廃絶、を真っ正直に考えている人は少数派なんですね。

この大きな違いはなんて恐ろしいことなんでしょうか。

 
今でこそ、日本とアメリカは友好的な関係を持っていますが、核兵器に関しては同じ価値観を共有できないのになにが友好なんだろう、と思います。
スミソニアンの近くに国立ホロコースト記念博物館がありました。
もちろんユダヤ人虐殺も原爆同様悲惨な歴史に違いありません。
そこには目を覆いたくなる惨状が展示されていました。決して繰り返してはならない歴史がそこにありました。
しかし原爆の悲惨さに目をつぶり、ナチによるユダヤ人虐殺という非人道的な行いを非難するアメリカの行為に、彼らの言う政治的な理想があくまで建前でしかないことを虚しく思い知ったのでした。

 
 
私が、アジアの多くの人々を苦しめた加害者の国の子孫だとしても、あえて伝えていきたい。
核兵器を正当化する理由はひとつもない。
人類にとってひとつも良いことのない、所持したところでもてあましてしまう危険な絶対悪です。
抑止力、なんて幻想です。
朝鮮半島危機、キューバ危機、北朝鮮危機、人類は何度も薄氷を踏むような危険な思いをしているのに、抑止力の幻想を未だに捨てきれていません。
核兵器はこの世から廃絶されることにしか意味を持たないもの、と広島市長が言ってました。
まさにそのとおりだと思います。

私もこの場を借りて核廃絶の実現に向かって伝え続けていくつもりです。

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