旅行・地域

2016/09/21

国東半島を巡る旅(2016夏) その5

昨年夏、戦跡および磨崖仏めぐりに国東へ行きました。
今年、「ふっこう割」という便利なものがありましてね、また国東半島に行ってきました。

杵築城址を後にして、街中にきました。
珍しい町割と武家屋敷が残っているらしいのです。

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(2016.7.31 飴屋の坂 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/160)

町なかにいくつか無料の観光駐車場があります。
そのうちの一つ、飴屋の坂の隣にある駐車場に車を停めました。

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(2016.7.31 谷町界隈 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/250)

街中はわりと閑散としていますが、静かな感じで自分は好きです。
あんまり人がわらわらいると車を停める気が失せるんですよねえ。。。

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(2016.7.31 酢屋の坂 by α6000 E 16-50mm 16mm F 10 ISO100 1/100)

さきほどの飴屋の坂を上る台地が南台、こちらの酢屋の坂を上る台地が北台と言います。
杵築の町割りは、この北台、南台の台地上に武家屋敷が並び、台地にはさまれた谷あいに町人の住居が置かれています。
杵築は坂の町といっていいです。

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(2016.7.31 酢屋の坂から塩屋の坂 by α6000 E 16-50mm 16mm F 10 ISO100 1/100)

酢屋の坂を上がって北台上から南台を眺めたところです。左手は武家屋敷の大原邸のし漆喰の壁です。
大原家は杵築の能見松平家で一時は家老職を務めた家だそうです。

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(2016.7.31 杵築観光MAP by α6000 E 16-50mm 28mm F 7.1 ISO100 1/250)

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(2016.7.31 北台武家屋敷 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/125)

左手は大原邸の長屋門。上級の武家屋敷がそのまま残っている感じで、この界隈は非常に良い雰囲気です。

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(2016.7.31 能見邸 by α6000 E 16-50mm 16mm F 8.0 ISO100 1/100)

大原邸の隣は能見邸。
主家が能見松平家、ということで想像がつきますが、能見家は御一門の家柄だそうです。

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(2016.7.31 能見邸内Cafe台の茶屋でかき氷 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO200 1/60)

大原邸は有料ですが、能見邸は無料で中に入れます。
また、屋敷を利用した「台の茶屋」というCafeがあります。暑かったのでミカンテイストのカキ氷で庭を見ながら一息。

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(2016.7.31 塩屋の坂遠景 by α6000 E 16-50mm 50mm F 9.0 ISO100 1/125)

もと来た道を戻って今一度南台を眺めたところ。
赤い日傘がポイントです。

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(2016.7.31 酢屋の坂 by α6000 E 16-50mm 41mm F 9.0 ISO100 1/125)

武家屋敷を観光ポイントにしている杵築市。
浴衣に着替えられるサービスがあるそうです。
外国人が利用している姿を良く見かけました。
石畳を見ているだけでは暑苦しいですが、なかなか風景に合います。
江戸時代をカラフルに再現すれば、こういう風景が真を突いているんじゃないかと思います。背景の車は余計ですが(苦笑

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(2016.7.31 塩屋の坂から酢屋の坂 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/125)

塩屋の坂を上って南台に来ました。うねうねしています。
武家屋敷を丁寧に保存し観光資源にしている杵築市の取り組みは素晴らしいです。
空港から近いので、外国人にとってはきっとアクセスしやすいと思うのです。
大分出身ですが、大分の武家屋敷と言って有名なところがあるのかさえ思い起こせません。佐伯は養賢寺界隈に名残がありますが、いまいち。
中津も武家屋敷はそれほどでもなかった。
行ったことはないが臼杵や竹田にはあるのだろうか。
「大分県、武家屋敷」でググると自分のPCの場合は「杵築」が筆頭に上がります。
やはり、大分有数の武家屋敷群なのでしょう。
なかなかに見ごたえがあり、非常に良い雰囲気でした。

お昼ごろに杵築を出て熊本に帰りました。
二日目のルートはこのようになります。(↓)

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熊本市内にたどり着いたのが午後2時過ぎ。
外気温計、37.5℃って、暑ッ!

当初の見込みどおり、このドライブ中は給油することなく終えました。
エアコン付けても長距離運転ならワンタンク、700km行けるのはドライブ好きな身にとっては財布にやさしくありがたいです。途中渋滞が全くなかったのも高燃費を出せた要因です。

なかなか、国東は見所いっぱいでした。
別府をベースにすれば、大分観光の大きなポイントになると思いますね。
次に行くときは季節を変えて行きたいですな。

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2016/09/16

国東半島を巡る旅(2016夏) その4

昨年夏、戦跡および磨崖仏めぐりに国東へ行きました。
今年、「ふっこう割」という便利なものがありましてね、また国東半島に行ってきました。

ふっこう割を使って宿泊したのは香々地の「梅乃屋」さん。
宿泊客は少なかったようです。

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(2016.7.31 梅乃屋朝食の間 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO800 1/160)

朝ごはんは広い座敷の隅っこに用意されていました。

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(2016.7.31 梅乃屋朝食 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO1000 1/160)

朝ごはんのメニューとしては標準的です。
アサリ汁のボリュームに驚きましたが、まあまあおいしかったです。
ただ残念なのは、味付け海苔が■かったようです。●を×いてました。
あんまりお客さんが来ないのかなあ。。。。
それ以外はまあまあです。

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まったりした朝食を終え、荷造りをして清算を済ませて、二日目の目的地に向かってスタートです。
オドメーターが12340kmという並びになってました。
ちなみに昨日朝のスタート時は12102kmでしたので、昨日の走行距離は238kmでした。

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(2016.7.31 道の駅くにみ by α6000 E 16-50mm 50mm F 11 ISO100 1/160)

国東半島の海岸沿いにぐるっと回っている国道213号を時計回りに走りました。
半島を時計に見立てると、3時のところにあるのが国東市(旧国東町)の中心地。
さらにその先に進むと左手に道の駅くにさきがあったので休憩。

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(2016.7.31 道の駅くにみ裏公園にて by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.5 ISO100 1/80)

ジュースを買いました。さっぱりした酸味が爽やかです。

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(2016.7.31 道の駅くにみ裏公園にて by α6000 E 16-50mm 50mm F 10 ISO100 1/125)

道の駅の駐車場から歩いて2~3分で砂浜に出ました。絶好の海水浴ポイントだと思うのですが、まったく人の気なし。
ジェットの音がして見上げると飛行機が低いところを飛んでいます。
もう少し南に行くと大分空港が近いのです。

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(2016.7.31 杵築城址案内板 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/200)

大分空港を左手に見つつR213を進むと川べりに建つ城が見えてきます。
杵築城址です。
城址、といっても模擬天守です。

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(2016.7.31 杵築城址模擬天主 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/160)

ただ、立地が素晴らしく天然の要害と言っていいでしょう。南側は杵築市街を流れる八坂川が城の下を流れ天然の堀となっており、北も今は埋め立てられているものの高山川が掘になっていたと考えられます。東側は別府湾。

その川に挟まれた西側の陸地沿いに侵攻するしかありませんが、城が小高い台地の上にあるため、攻め口が狭く限られていて、攻めにくく守りやすい地形です。

豊後を大友氏が支配している時は、木付氏の領地でした。
杵築は昔、「木付」だったのです。
豊薩戦役の際、名将新納忠元率いる島津軍の攻撃を受けましたがこれを退けています。当時の城主は、木付鎮直。

それから十四年後、中央では関が原の合戦が行われていた頃に大友のバカ息子、義統(吉統)が豊後で再起を図った際に、家臣に命じて木付城を攻撃させますが、守るのは細川家にこの人ありと言われた松井康之。攻め手の将は吉弘統幸。
地の利は守備側にあり、攻め手の人数も100人あまりと寡勢であり、大友側はあえなく敗北。
(石垣原の戦いの前哨戦)

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(2016.7.31 浅井長政次男万菊丸着用具足と伝わるもの by α6000 E 16-50mm 16mm F 3.5 ISO2000 1/160)

模擬天守の中は展示室になっています。
まさか、な展示がありました。(天守内は写真撮影OKです)
上は浅井長政の次男が着用した具足。
長政とお市の次男、万菊丸は長じて細川家の家臣となり木付に移り、その子孫はその後杵築の領主となった松平家に仕えたそうです。その子孫が伝えたものが上の具足、と言うわけ。

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(2016.7.31 石田正澄兜 by α6000 E 16-50mm 16mm F 3.5 ISO3200 1/160)

こちらは関が原の英雄、石田治部の兄、正澄着用の兜だそうです。
由来は、長くなるので割愛。
関が原後の佐和山攻めで功のあった宮部家に代々伝わったものだそうです。

具足も兜も、どちらもたまたまではあるでしょうが「近江」関連というのはなかなか興味深いです。

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(2016.7.31 杵築城模擬天主西側眺望 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/200)

天守の最上階の展望台から陸地側(西側)を眺めたもの。川は八坂川。

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(2016.7.31 杵築城模擬天主東側眺望 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/200)

天守の最上階の展望台から陸地側(東側)を眺めたもの。八坂川河口の向こうは別府湾。

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(2016.7.31 守江湾干潟 by α6000 E 16-50mm 50mm F 11 ISO100 1/400)

河口の干潟が美しいです。
カブトガニやアオギスといった希少種が生息する美しい干潟であると、ウィキ先生が言ってました。

さっき、別府湾と書いたのですが、正確には守江湾と言うそうです。

海の向こうに見えるのは恐らく佐賀関半島とその先にある高島ではないかと思われます。

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2016/09/15

国東半島を巡る旅(2016夏) その3

昨年の夏に、戦跡および磨崖仏めぐりで国東に行きました。
今年、「ふっこう割」という便利なものがありましてね、また国東半島に行ってきました。

岩戸寺を後にして、次に向かったのが文殊仙寺

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(2016.7.30 文殊仙寺入り口 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO500 1/160)

ここが入り口かな。と思ったんですが、勝手口みたいなところだったようです。
ここにも仁王像があるはずなのですが、ココから入ったため見ないままになってしまいました。(残念)

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(2016.7.30 文殊仙寺鐘楼門 by α6000 E 16-50mm 22mm F 7.1 ISO100 1/100)

先ほどの勝手口から進んでいくと鐘楼門が見えてきます。

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(2016.7.30 文殊仙寺大ケヤキ by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO640 1/160)

門をくぐって左手下をを見ると大きなケヤキ

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(2016.7.30 文殊仙寺宝篋印塔から周防灘 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/200)

先には日本一高い宝篋印塔が建っており、その向こうには姫島や周防灘が見えます。

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(2016.7.30 文殊仙寺地蔵群 by α6000 E 16-50mm 23mm F 4.0 ISO1600 1/160)

鐘楼門に戻り元の道を進むと右手に建物があり、さらに進むと参道に出ます。
右に曲がって参道を登っていくと脇に地蔵や石塔があります。
さらに上に上ると、大きな石の崖に這いつくように奥の院があり、12年に一度、ご本尊の文殊菩薩像が公開されるそうです。
奥の院左の岩の洞穴には、役の行者(役小角)像がありました。
文殊仙寺を創建したのは役小角と伝えられています。なんと、大化四年(648年)だそうです。
ちなみに、日本の元号(平成とか昭和とか)のはじめが「大化」です。
昔は「ムシゴ(645)ろしの大化の改新」なんて言って覚えたんですけどね。(大化元年が645年。ムシゴろし、は中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿・蝦夷親子を暗殺したことにちなむ。)
21世紀の現在では、大化の改新は646年、になっています。

文殊仙寺を出て向かったのは「安国寺集落遺跡」
ここまでは国東の六郷満山文化(奈良・平安~鎌倉・室町)をたどっていましたが、一気に時代を駆け上り、弥生の遺跡へゴー!
文殊仙寺から県道を海に向かって下り、途中でオレンジロードなる国東半島をぐるっと回っている農道を南下。
しばらく道なりにのんびり進むと田園地帯に出ます。
安国寺集落遺跡の看板が見えてくるので、途中で左折。
すると比較的大きな公園施設が見えてきます。

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(2016.7.30 安国寺集落遺跡竪穴住居跡(復元) by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/160)

弥生のムラ安国寺集落遺跡公園内にある、復元された竪穴式住居群。
九州には弥生の遺跡が数多くあります。最も有名で大きなものは佐賀の吉野ヶ里遺跡でしょう。
弥生時代、同じ九州でも文化先進地帯は大陸に近い西北部でした。
稲作が日本で最も早かったのも、この地域です。
現在日本最古の水稲耕作遺跡といえば、佐賀県唐津の菜畑遺跡で、次が福岡の板付遺跡と言われています。

そして、この国東の安国寺集落遺跡でも稲作の跡が見つかり(炭化米)、東九州へのイネの伝播を示す手がかりになっています。

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(2016.7.30 竪穴住居内(復元) by α6000 E 16-50mm 16mm F 3.5 ISO3200 1/125)

竪穴式住居内部。方形と円形の住居を二棟づつ復元。
竪穴式住居の床の形状も時代や地域によって差があって興味をそそります。
ちなみに、竪穴式の住居は古くは縄文時代から生まれ、弥生時代で一般的になり、平安時代まで使用され続けます。
鎌倉時代になると全国的にほぼなくなりますが、東北地方は室町時代まで使用され続けた例があるようです。

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(2016.7.30 竪穴住居跡(復元)と栗 by α6000 E 16-50mm 16mm F 7.1 ISO100 1/100)

竪穴式住居と栗、って絵になりますな。
なんせ、超巨大な竪穴式住居跡で有名な東北の三内丸山遺跡(縄文時代)では大規模な栗の栽培・管理跡が見つかっています。

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(2016.7.30 安国寺集落遺跡高床式住居群(復元) by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/160)

高床式建物群(復元)。

安国寺集落遺跡は、この地が低湿地帯で泥の中に農具などの遺物が埋まっていため保存状態がよかった、という特色があります。

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(2016.7.30 梅乃屋夕食 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO800 1/60)

遺跡から海のほうに向かい国道213号に出たら北上。香々地の「旅館 梅乃屋」で宿泊。

海鮮魚会席コース付き!1泊夕食・朝食付プランで7560円。ふっこう割4000円を使用したので、宿泊費は3560円+お酒代。

メインは鱧でした。県南では鱧はあまり聞かないですね。豊前付近、周防灘周辺が有名みたい。(訂正:県南でも鱧は取れるらしい。)
味は全体的にまあまあでしたが、大分の魚、という水準でいくと正直な話、合格点ではありませんでした。(自分は魚料理に関してはかなり厳しいほうです。)
宿泊客が自分以外にはいませんでしたが、何か宴会やってましたね。

久しぶりにテレビ見ながら寝おちしました。(自宅にテレビがないので。。。)

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2016/09/14

国東半島を巡る旅(2016夏) その2

昨年の夏に、戦跡および磨崖仏めぐりで国東に行きました。
今年もふっこう割を使って国東ドライブ行って来ました

腹ごしらえを済ませ、旧千燈寺の次に向かったのが岩戸寺です。
下の地図見ると分かりますが、旧千燈寺の山向こうに岩戸寺があります。

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(2016.7.30 3体の石仏 by α6000 E 16-50mm 38mm F 5.6 ISO1250 1/160)

岩戸寺へ向かう道すがらにある石の板に彫られた三体の石仏。
欠けているので、元は三体ではなかったかもしれません。
時の流れは万物の姿を変えていきます。諸行無常。

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(2016.7.30 岩戸寺仁王像 by α6000 E 16-50mm 47mm F 7.1 ISO100 1/100)

境内の入り口にある一対の仁王像。銘のある仁王像としてはわが国最古のものとか。
製作が文明十年(1478年)ということは、時代は鎌倉時代。
(もちろん、前回書いた旧千燈寺の、銘がない仁王像のほうが古いと思います)

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(2016.7.30 岩戸寺仁王像吽像 by α6000 E 16-50mm 38mm F 5.6 ISO100 1/60)

向かって左の吽形の仁王像。

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(2016.7.30 岩戸寺仁王像阿像 by α6000 E 16-50mm 38mm F 8.0 ISO100 1/80)

右側の阿形の仁王像。

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(2016.7.30 岩戸寺国宝国東塔 by α6000 E 16-50mm 27mm F 4.5 ISO500 1/160)

岩戸寺には国宝の国東塔(くにさきとう)があります。

先ほどの仁王像を過ぎてさらに参道を進んでいくと木が茂る森の中に入ります。
その先の右手に人が7~8人腕を広げないと囲めないほどの大きな岩があり、高さ2~3メートルほどの岩の上に、高さ3mほどの国東塔が鎮座しています。
下の説明にあるように、国東半島に約150基ある国東塔中最古のものです。銘文に「弘安六年」とあるので1283年。弘安の役直後に建てられたもののようです。

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(2016.7.30 岩戸寺国宝国東塔案内 by α6000 E 16-50mm 27mm F 4.5 ISO160 1/60)

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(2016.7.30 岩戸寺国宝国東塔銘文 by α6000 E 16-50mm 50mm F 5.6 ISO1000 1/160)

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(2016.7.30 岩戸寺国東塔 by α6000 E 16-50mm 32mm F 5.0 ISO400 1/60)

国宝国東塔と参道を挟んで向かいあうように、参道の左側にも二つの国東塔が岩の上にあります。

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(2016.7.30 岩戸寺石碑群 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO200 1/60)

国東塔の手前にある石版群。梵字とか彫られています。

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(2016.7.30 岩戸寺青いもみじ by α6000 E 16-50mm 31mm F 5.0 ISO640 1/60)

夏の日差しがきつかったですが、青葉はどこまでも眼に優しい感じがしました。

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2016/09/13

国東半島を巡る旅(2016夏) その1

昨年の夏に、戦跡および磨崖仏めぐりで国東に行きました。
大分出身とは言っても、南海部(佐伯)出身なので、県北事情には疎いのです。
故郷再確認、と言う意味合いで国東に言ったのですが、ことのほか満足度が高かったのでした。
で、今回もまた行くことにしたのですが、きっかけはこれ。

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これはラッキー、とばかりに4000円割引クーポンで一泊ドライブ旅行してきました。

昨年に引き続き、往路のルートは↓

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昨年に引き続き、こちらが往路のルートになります。
まだ、阿蘇や小国付近には通行止めの道路が何ヶ所かありますが、今回のルート選びでは全く影響ありませんでした。

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今回旅の日程は7月30日~31日。
出発したのが7月30日の朝8時。
平均17.9km/Lという表示は会社通勤での前の晩の帰路のデータ。夏場はこんなものです。ガソリン残量は45Lタンクの四分の三弱ですが、まあ二日間無給油で行けるだろう、と言うのが旅前の読み。
朝8時から既に30度近く、暑い日でした。

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(2016.7.30 筧城跡伝承地碑 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.5 ISO100 1/60)

最初の目的地は旧千燈寺跡だったのですが、行きがけに昨年行き損ねた「筧城跡」に寄りました。
筧城は、都甲荘に移ってきた際に吉弘家が拠点とした場所として伝わっており、かの吉弘鑑理やその子高橋紹運、さらにその子の立花宗茂が生まれ育った場所でもあります。
正確にはいまだ筧城の場所は確定していませんが、戴星学園の裏にあるこの場所が「堀の内」という地名で、城(というか屋形)があった場所として有力候補になっています。

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(2016.7.30 千燈岳 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/125)

千燈岳

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(2016.7.30 旧千燈寺駐車場 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/125)

千燈岳の中腹に旧千燈寺があります。

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(2016.7.30 旧千燈寺駐車場付近 by α6000 E 16-50mm 16mm F 8.0 ISO100 1/100)

旧千燈寺のすぐそばに駐車場がありますが、そこに至るまでの道は狭いです。

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(2016.7.30 旧千燈寺伽藍跡 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO500 1/160)

駐車場の奥に進んで右に登って行くと、伽藍跡があります。
今では伽藍はなく、ひっそりした中に一対の仁王像が立っています。

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(2016.7.30 旧千燈寺仁王像吽像 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO1250 1/160)

国東半島には石の仁王像は数多くありますが、このように石板に掘り込んだ形の仁王像はココだけじゃないでしょうか。全国でも珍しいとおもいます。

旧千燈寺は国東のお寺の中でも最も古い寺と言われており、718年創建といいますから平安時代の前、奈良時代のものです。

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(2016.7.30 旧千燈寺仁王像阿像 by α6000 E 16-50mm 16mm F 4.0 ISO200 1/60)

1300年の時を超えて寺の主は麓に移りましたが、この仁王像は驚くほど生き生きとしており、今でも寺域を守護しているように見えました。

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(2016.7.30 アジフライ定食 by α6000 E 16-50mm 34mm F 5.0 ISO320 1/60)

旧千燈寺を巡ったあたりでちょうどお昼時でしたので、そのまま県道31号を海岸線まで出て国道213号を東に行くと道の駅くにみがあります。
ここでご飯にしようかと思ったら、レストランが満席。道の駅の道向かいに喫茶店があったので食事しました。アジフライ定食。アジフライがふわふわでおいしかったです。
ちなみに自分は魚のフライにはお醤油派なので、ソースはいらなかったなー
これにカボスがあれば、、、

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(2016.7.30 道の駅くにみ裏海岸 by α6000 E 16-50mm 16mm F 11 ISO100 1/400)

道の駅くにみには海水浴場やキャンプ場があります。夏と言うのにがらがらです。めちゃくちゃ穴場やん。
海の向こうに見えるのは姫島です。

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2016/08/28

韓国飯 その3

颱風「獅子山」は進路予想が難しそうです。
ひまわり画像で見ると、目がくっきりし始めて勢力の成長が見て分かるようになって来ました。
今のところ東北方面への直撃になりそうです。房総、北関東辺りから東北にかけては厳重に警戒・準備したほうが良さそうです。

今日、熊本には久しぶりにまとまった雨がありました。涼しくなると良いのですけどねえ。
久しぶりの雨で車が汚くなってます。洗車したいけど、、、と思っていたら、メーターに「オイル交換」の表示が出るようになりました。たしか、走行距離1万5千キロで表示されるようになっていたはず。
そしてディーラーからは1年点検の案内が来ました。
もうそんな時期です。

さて、韓国飯。今回がラストです。

韓国と言えば「チゲ」。
夏、暑いときこそ熱い物を食べる、というのは恐らく中国発祥なんでしょうけど、韓国はさらに「辛い」が加わります。

まぁ、確かに健康には良さそうですが、、、

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さて、韓国で最もポピュラーな「チゲ」と言えば、プデチゲ。
漢字で書くと「部隊チゲ」と言うことらしいです。

上は、始まる頃の姿。

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そして序盤。辛みそが溶けはじめて、いかにも韓国の「チゲ」っていう感じ。

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そして食べる前にインスタントラーメンの麺を入れます。これこそ、プデチゲ。
中身も味も単純な中に、うまさがたっぷり。
いわゆるB級なんちゃら系ですが、とっても旨いんだから。

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今回の韓国飯には是非写真を載せたかった、「チヂミ」とか「マッコリ」はカメラを持っていなかったので写真がありません。残念。

今回の出張で初めて知ったんですが、韓国の慣習(といっても100%みんながやっているわけではない)に、「雨が降ったらチヂミとマッコリ」というのものがあるそうです。
出張中に雨の日があって、その晩みんなで「チヂミとマッコリ」を食べに行きました。

チヂミがうまー。マッコリが甘ー。o(*^▽^*)o

韓国は仕事が世界で一番タフなエリアですが、飯が旨いのが救いです。そして韓国の人は、男も女もなべて「熱い」人が多いです。

上の写真は出張最後の日の朝。

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今回泊まったホテルの部屋。最終日の朝。
前夜、飲み過ぎて布団の中で寝てないため、ベッドがきれい・・・っていうのは内緒。

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インチョン(仁川)空港内。搭乗ゲート。

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韓国の航空会社はまだ(意外と)アシアナしか知りませんが、サービス的には日本の航空会社とそんなに変わらないか、少し愛想がない程度。

アメリカの航空会社に比べればダンチで良いけど、シンガポール航空に比べるとダンチに悪い。

仁川~福岡間は、ほんの1時間半くらいで東京より近いのですが、なぜかミールサービスが付きます。(国際線だから) この味がよろしくなく、やや拷問クラス。(米航空会社ははっきりと「拷問級」)

ミールサービスなんていらんので笑顔をください(^-^;

・・・と言うわけで、韓国出張終わりました。
次に行くのは20年後くらいにしてほしい。(仕事では決して行きたくない。)

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2016/08/24

韓国飯 その2

颱風獅子山(ライオンロック、10号)が、まさかの停滞気味の西進から明日、もしくは明後日には一転、180度回頭して東進しそうです。

160824_2100_weather_map

気象庁の予報では東進から28日以降北よりに進路を変え日本に近づくかも、となっています。先日通り過ぎていった颱風の経路を考えると、東日本・北海道方面は今のうちに準備を整えておいたほうが良いと思います。
長い間、南方海上に停滞気味だったため勢力が非常に強くなってます。今後も成長しながら近づいてくるので、気象庁の情報に十分気をつけましょう。

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今日はイタリアの地震に続き、ミャンマー・タイでも大きな地震があったようですね。
颱風や地震といった天災は忘れた頃、油断した時に大きな被害を連れてやってきます。
日ごろから用心するにしくはないです。

さて、韓国飯の続き。

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この日はフライドチキンの店。韓国との関連性は低いです。

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面白かったのはこのビールを置いておくテーブルの仕掛け。

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ビールを冷やすようになっています。ペルチェかなんかか?

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フライドチキンの味は、まぁ普通。日本で食べるのと大差はありません。

写真を取り忘れたんですが、この店で食べたハニーピザが素晴らしかったです。

チーズだけのピザに蜂蜜がかかっているのですが、激ウマ。とろけるチーズと蜂蜜の相性ってばっちりなんですねー。日本にそういうのがあってもおかしくはないのですが、自分は韓国で初めて食べました。
家庭でも出来そうなので、気になる方はお試しあれ。

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2016/08/22

韓国飯 その1

高校野球が終わり、オリンピックも終わったらしく、さびしくなりますねえ。

すこし古い話になりますが、韓国に行った時の飯の話を書いておこうと思います。

6月の後半から7月にかけて3週間ほど韓国出張していました、というのは以前書きました。
3年ぶりの韓国でしたが内容的には、『相変わらず』、ハードでタフでした。
そんな中、自分たちの腹を満たしてくれた韓国飯の数々を記録しておこうと思います。
韓国の料理は相変わらず旨いです。
仕事帰りで食べた飯はカメラ持ってないので、写真がありません。

これから挙げる写真は、主に仕事場から一旦ホテルに戻って食べに出かけた際の記録写真です。

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これはホテルの朝食です。ビュッフェ形式ですが、至って普通です。
この後、怒涛の肉祭りになりますので一日のうちでもっとも野菜を多く取れる場所とタイミングになりますねー。
たいがい、7時くらいに行って食べたあと、コーヒーを飲みながらスマホでネットニュースチェックしてから出て行く、というのがパターンでした。

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サムギョプサル!
週に3回食べたくらい、上手かったし、何より安かったです。
上の肉切れ(20cmくらい)は焼いた後にはさみで短冊状に切って食べます。
一人あたり一切れ半~二切れくらい食べ、ビール(と言っても安いHite)1~2本飲んで、1000円くらい。(ご飯、キムチ、サンチュ付き)

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焼き鳥?

今回、牛と羊は食べませんでしたが、豚と鳥の肉は食いまくりました。
鳥は上のように串がさしてないけど焼き網で焼く焼き鳥風を今回初めて食べましたが旨かったです。ホルモンも焼いてましたね。

ただ、サムギョプサルも、焼き鳥も、基本的に味は一緒。コチジャン的な辛みそか、塩コショウ、塩ごま油、の味付けしかありません。

ま、それでビールが旨いので十分です。

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2016/07/13

先着限定

地震後、ほぼ3ヶ月がたちました。
甚だ根拠に薄い展望ですが、大きな地震はしばらくないような気がします。

だから、でしょうか。
先日韓国から帰国した際に、福岡空港から湯布院行きのバスを外から見ていたら、ほぼ満席になっているではありませんか。
観光客が戻りつつあるのかな、と少しうれしい気持ちになりました。

・・・そして今日、なんとなくYahoo見てたら、

ふっこう割~~♪最大70%オフ!(先着限定割引クーポン)
・・・なんて言葉が踊っていました。

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ひょっとしたらと思ってみたら、楽天トラベルでも同じようなキャンペーンがあり、すでにその割引クーポンは募集が切れていました。
楽天の方が募集タイミングが早く、7月1日から。
Yahooのほうは今日から、でした。

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当日夜10時半の時点で福岡と佐賀は完売御礼の札。すごっ!

大分は

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3万円以上利用で2万円割引のクーポン(3200名)はすでに募集締め切りでした。結構お得ですので我も、という方はお急ぎください(笑

もし既に利用予定の方は、是非浮いたお金で旅行先の美味しいものを、たらふく食べてください。

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2016/03/22

飯田丸梅園(2016.2.28)

時期がずれてしまいましたが、先月末、熊本城の飯田丸梅園に行きました。
熊本城を見に行くことはあっても、城内の梅園の存在は今年になるまで知りませんでした。
熊本城は桜が有名ですが、梅園の梅は結構見ごたえがあったし、お城と梅の組み合わせも良かったです。

梅独特の枝ぶりとお城の姿は、なかなか絵になります。
それを上手く写真で表現するのが課題ですが、なかなかうまく行きません。
まだまだ修行が足りません><

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(2016.2.28 清正公像 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 13 ISO100 1/160)

お約束の清正公。周囲の木は桜です。もう少ししたら華やかになるね。

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(2016.2.28 長塀 byNEX5N E 18-55mm 19mm F 11 ISO100 1/100)

ながべー。露出がややオーバー。(悔)

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上は熊本城の案内図です。
熊本城の正面は南側です。仮想敵が南方の「十文字」やけんね。
だから表玄関にあたるのは、矢印の櫨方門(はぜかたもん)じゃないだろうか。
今回はその櫨方門から突撃!
竹の丸、石垣に囲まれ曲がりくねった虎口を経て、赤丸の飯田丸を目指す。

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(2016.2.28 櫨方門前 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 13 ISO100 1/100)

櫨方門に至る虎口(ココウ)

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(2016.2.28 櫨方門前虎口内部 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 11 ISO100 1/100)

櫨方門に至る虎口(ココウ)内部

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(2016.2.28 竹の丸 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 13 ISO100 1/125)

櫨方門をくぐると広がっている曲輪(くるわ)が竹の丸。竹の丸から石垣虎口群を登り抜けると、飯田丸。

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(2016.2.28 飯田丸梅園 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 5.6 ISO100 1/640)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 7.1 ISO100 1/400)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 7.1 ISO100 1/400)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 7.1 ISO100 1/400)

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(2016.2.28 熊本城と梅 byNEX5N E 18-55mm 38mm F 13 ISO100 1/160)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 6.3 ISO100 1/320)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 10 ISO100 1/125)

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(2016.2.28 熊本城と梅 byNEX5N E 18-55mm 34mm F 13 ISO100 1/125)

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(2016.2.28 熊本城と梅 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 13 ISO100 1/100)

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(2016.2.28 熊本城と梅 byNEX5N E 18-55mm 55mm F 8.0 ISO100 1/500)

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(2016.2.28 飯田丸梅園の梅 byNEX5N E 18-55mm 18mm F 6.3 ISO100 1/640)

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