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2016年11月に作成された記事

2016/11/30

発症13日目(入院10日目)

朝、豪雨。雷鳴、雷光。
天気影響か、右耳の耳鳴りがひどい。
サー、というかヒューというような感じが、ずっと響いている。
耳鳴りは、静かなとき(特に寝るときと朝)ほど強調されて至極不快。

朝の診察で、退院後の仕事復帰の話とか今後の生活について聞く。
騒々しいところに行くとか、体を激しく使うのは厳禁、らしい。
できるだけ安静に、とのこと。
退院後、まだ高圧酸素治療が来週まで残っているのでこれを行うこと、経口の薬の投与(構成は今までの点滴と同じ)を2ヶ月続けること、2週おきの通院で検査と診察することになった。
2ヶ月か、年内には治ってくれるのだろうか。

診察後、午前中に点滴。ピンク色の1本だけ。プレドニン40mg。
3箇所目の留置針では点滴の入りが悪かったので、差し替え。
最後の点滴なので留置針じゃなく直接差し込む。
入院費の清算を行い、病院の美味しいお昼ごはんを食べて、この日の午後に退院。

ちなみに、10日間の入院費用は16万円余り(3割負担)。
以前、背骨を折った際の入院費用が月30万超だったので、想定の範囲内。
あと、「高額療養費制度」というのがあるので少しは戻ってくる、らしい。
(清算前に、健保組合に申請書を出し、認定書というものを発行してもらえば、清算時に一定額が控除される。だけど、入院中に短期間でそんな手続きできるかよ。もちっとマシな制度設計できんかね。)

お金がかかるだろうな、と思った「高圧酸素治療」は、救急と非救急で価格が10倍も異なる。
自分の場合、2回分は救急扱い、残りは非救急になっていた。

帰宅して体重量ったら、3kgマイナス。
自分の場合、この幅は誤差範囲かも。

自宅は静か過ぎるくらい静かだ。。。

入院と違って、全て自己管理なので、食事と生活のリズムだけは気をつけようと考えた。

入院中に読んだ本

浅田次郎『勇気凛々ルリの色』(講談社文庫)
週刊現代に掲載されているエッセイをまとめたもの。時代が1994年~1995年なので、当時の時代背景がにじみ出ている。浅田さんの文章はホントに面白くて、心が響く。

宮城谷昌光『風は山河より』(1)、(2)(新潮文庫)
宮城谷さんが、古代中国ではなく郷土の歴史を描いた小説。自分にとっては、「松平清康」と言う人は昔から非常に興味をそそられていた人だったので、宮城谷さんを通して見た「松平清康」像は非常に見ごたえがあった。自分が想像していた人となりと、少し違ってはいた。2巻の途中であえない生涯を遂げる。ここまでの主人公は野田の織部正こと、菅沼定則といってよかろう。全6巻らしいので、続きはブックオフで探しながらゆっくり味わい読みたい。

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2016/11/29

発症10日目(入院7日目)

昨日から3本目の高分子点滴がなくなったので1日2本になった。
3本目の点滴は、時間上どうしても消灯後、寝ている間も点滴継続になる。
これが気になって、加えて耳鳴りの件もあり、あまり寝れなかった。
3本目がなくなった昨晩は、比較的睡眠が取れたようだ。
ただ、後で知ったことだが、ステロイド剤の副作用で不眠、と言うこともあるらしい。

朝、晴れ。右耳の調子は閉塞感は変わらない。耳鳴りもひどい。
入院3日目に感じたような改善が続いているとは思えない。
そんな中、朝の診察で、退院の日取りについて相談。

点滴治療は10日目で終了する。
その後は経口薬に切り替える。これは様子を見ながら2ヶ月くらい続くものらしい。
高圧酸素治療は、点滴治療終了後も一週間ほど続くので、入院したまま高圧酸素治療を続けるか、自宅から通うか、ということになるらしい。
考えておいて、とのこと。
N病院は居心地がたいへん良いので、このまま入院したままでもいいかなあ、と思いつつ考える。

居心地はいいのだが、同じ階に入院されている、さるご老体(勝手に「お願い大将」と呼んでいた)が昼も夜も何かを叫んでいるのが、少々気になっている。

音がしないとき、加えて耳鳴りがないときは、病院内は至って静かで、右耳は少々閉塞感を感じる程度だが、何か雑音がしてくると、右側の閉塞感が強調されて、頭の中に音が響き渡る。これがわりとこたえる。

お願い大将の叫び声が、自分の病気を自覚させてくれるのだが、あまり近いところで叫ばれると頭中に響いてキツカッタ。

白石一郎の『オランダの星』(文春文庫)を読み終えた。
白石一郎と言えば海洋小説。これもその短編集だが、なかなかの佳作揃い。
表題になっている「オランダの星」もなかなか良かったが、次の「モンゴルの海」と最後にあった「もう一人の爆死者」が印象深い。
「名人」以外は、出身地ではない国のなかで事件や事故に巻き込まれたり、自分で飛び込んで翻弄されるなかでの苦闘や苦悩を描いている、という話の流れが統一されている。海洋小説ではよくある話の筋。決して時代の主人公にはならない、ちょっとした事件を拾い上げて、読み手を引き込むところが白石一郎のすごいところだと思う。

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2016/11/28

発症8日目(入院5日目)

朝、曇り、あるいは雨。
右耳の聞こえの程度が少し上がったかな?という感じがする。
しかし閉塞感は相変わらず。
周りの雑音が多ければ多いほど、耳の中の詰まった感覚が強調され不快感があがる。

朝の診察。
聴力検査で高音域4000Hz付近?の聴力が少し上がったようだ。シャカシャカする感じと符合する。
自覚的に、全く音を感じなかった頃に比べると、少し良くなったのかな、と言う気はするが、「両耳で聞く作業」が辛い。
聞こえ辛いほうの耳は耳鳴りはするし、音量のバランスが悪いと、「音」が頭の中で激しく反響する。

天気のせいもあったかもしれないが、この頃が気分的に一番辛かった時期。

慣れるしかないのか?

 

 

入院中の生活について。
自分は15年前に腰椎圧迫骨折なるものに遭って、半年余り(8ヶ月)入院した経験があります。
時代や病院が違うので、「入院環境」を単純に比較することは意味がありませんが、今回の入院では、「病院生活とはなんて便利で快適に変わったものだろう」、と思いました。

特に、N病院の入院食は大変気を使っている様子が伺えます。
自分の普段の食生活(といってもほぼ8割社食ですが)を考えても、ソレより断然グレードが上がっている!と感じました。
もちろん、量が少ないなあ、と思うことはありましたが、味は合格点以上の美味しい料理が出てました。無論、好みはあるでしょうが。
入院食は別途項を分けて書いてみたいと思います。

自分は普段テレビを見ないので、テレビがなくても不満を感じませんでした。
つか、耳聞こえないし。
部屋にテレビはあります(14インチくらいのAquos)が1000円でカードを買ってみるタイプでした。
テレビをよく見る人は不満があるかも?
でも、今時、スマホでもテレビ見れますからこれも関係ないですね。
ん?スマホや携帯のテレビは電子機器だから、NGなのかも。
昔は病院内での携帯使用は出来ませんでしたが、これは今も変わらないようです。

自分は、とりあえず溜めていた本を読もうと家から6冊ほど本を持って来ました。
これが一番の暇つぶし。

今日は、角田光代の『三面記事小説』(文春文庫)を読み終えた。

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2016/11/27

発症6日目(入院3日目)

朝、晴れ。

夜中続く点滴のせいか、耳鳴りが気になってか、相変わらずぐっすり睡眠が取れている感じがしない。
6時くらいに目が覚めて、左耳に指を入れてふさぐと、わずかにシャカシャカする音が聞こえる(というか、響いている、)気がする。
この日は診察、高圧酸素治療共になし。

午後、風呂道具等を取りに、家に戻った。N病院から自宅まで、片道は早ければ25分位。
戻りは渋滞アリで40分かかった。
病院に戻ってから病院のお風呂に入って、その後、点滴の続き。
終わったのは日をまたいだみたい。

ちなみに、入院後の点滴の薬剤には

  • プレドニン 1~2日目120mg(経口薬が40mg/1日だったのでその3倍。3~4日目100mg、5日目は80mg、6~7日目60mg、 8~10日目は40mgと漸減させる。ステロイドパルス療法というらしい。)
  • アデホスコーワ ATP 血流改善
  • プロスタンディン 血流改善
  • メイロン めまい、吐き気抑制

が使われていました。(あとビタミン剤(ダイビタミックス)が入っていたかな、と思います。)

プレドニンを入れた後にラシックス静注がありました。(この言い回し、ドラマ「ER」の影響だw)

(夜だけではないけれど)耳鳴りが酷くなっていっている気がする。気分悪い。

No1

このピンクが1本目の点滴。100mlで早ければ1時間。長くて2時間くらい。マジックで印をつけたところまで減ったら看護師さんを呼んで、ラシックス。

No2
これが2本目の点滴。500ml。

所要時間は3時間から6時間。この2本目の点滴は入れる速さが速いと血管痛がハンパない。
下の写真のように、血管が赤く腫れます。寝る前だったらまだ我慢するけど、寝た後も続くときは耐えられません。。。

No2_pain

No3
そしてこれが3本目。500ml。
高分子材料の点滴らしく、あまり速く入れる事ができません。5~6時間かかります。

3本の点滴で長いときには15時間かかりました。

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2016/11/26

発症5日目(入院2日目)

朝、晴れ。違う天井。そしてベッド。落ちなくてよかった。

点滴のせいもあってか、あまり寝れなかった。
ぐっすり寝たほうが治りにいいはず、と思うほど気になって寝付けなかった。悪い循環。
耳の閉塞感変わらず。
午前中に高圧酸素治療に行く。

午後、N病院に戻ってMRIと心電図。

家から持ってきた黒岩重吾の『北風に起つ 継体戦争と曽我稲目』(中公文庫)を読了。
600pを超える長編で読み応えアリ。しかし、時間ありすぎて、あっという間。
なかなか面白かった。

まずい。本が足りなくなるかも。

この夜の消灯の時間くらいから、聞こえない耳(右耳)の耳鳴りが気になり始める。

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2016/11/25

発症4日目(薬を飲み始めて3日目、入院1日目)

この日の記事は日記からそのまま抜き出しました。

朝、曇り、Y耳鼻科。
聴力検査。結果は以前より悪化。入院決定。
Y耳鼻科には入院設備なく、紹介受けてN病院に入院。
N病院?、すぐには場所がわからない。
ひとまず会社に電話し事情を話す。家に戻って着替えなど入院の準備。
ちょっと迷子になりつつ、N病院に到着。
受付に行き、Y耳鼻科でもらった紹介状を出し、耳鼻科で改めて聴力検査と診察。
右突発性難聴ですねと、ここでも同じことをいわれる(当たり前だが)。
Y耳鼻科でも聞かれたが、めまいや吐き気なし。
治療計画によれば10日間入院予定。様子次第では少し伸びるかも、とも言われる。
治療は、Y耳鼻科で行っていたことのスペシャル版で、簡単に言えば経口で服用していた薬を、今度は量を増やして血液中に直接ぶっこむ、というもの。

161110

(N病院でもらった入院治療計画)

まあ、ありていに言えば点滴。
でもこれ、長いときは15時間もかかるものなんて、このときは思いもよらなかった。
これに加えて、「高圧酸素治療」というものがあり、N病院に施設がないので近くの日赤に通うことになる。

午後から雨。
午後から高圧酸素治療を受けるため、日赤に行く。ここでも迷子になりかける。
初めての日赤。立体駐車場の上にヘリコプターが留っておるぞよ。
なんだかショッピングモール?入り口入ってすぐ鶴屋(*)があるぞよ?その先には喫茶店?さらに先にレストラン?
(*鶴屋:熊本の有名老舗百貨店)
日赤でも耳鼻科で診察、検査なく高圧酸素治療室に連行される。
治療そのものはただ寝ているだけ、所要時間2時間位。
綿の治療衣に着替え、カプセルに入って20分加圧、60分2気圧、20分減圧。
高圧酸素治療については別途書く。

終了後、N病院に戻って入院した部屋を見渡す。
病室は2名部屋。実質一人部屋。
昔、背骨を折って6人部屋に半年以上居た身からすれば、天国。
この病院の二つある建物の一方、6階建ての6階。各階に、この二人部屋が30部屋あるようだ。
夕方から点滴。200mlのピンク色と500mlが2本。
夕食は美味しかった。この病院の食事はかなり良い。
寝ている間も点滴。終わるのは明朝になりそう。
N病院は22時消灯。

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2016/11/24

発症2日目

朝、起きて、まず確認。

(やっぱ、聞こえないかー)

夢であればとか、一晩寝て起きたら耳の中の水が抜けて、とか呑気に期待してた私がバカでした。
左耳に指を入れふさぐと、右側から聞こえるはずの音が一切ありません。

車で近所(車で10分ほど)のY耳鼻科に行きました。
車に乗って運転している感じも妙な感じでした。
片方しか聞こえないというのは、音の方向が分かり難くく、聞き分けるのが難しいのです。
「モノラル」の世界は非常に不便です。
3次元(立体)の世界から1次元(点)の世界に2段階格下げされた気分です。
運転席に座ったまま車のドアを開けると、車全体が耳になったかのように感じました(左耳しか聞こえないから)。外部からの騒音で圧倒されます。。。
うへー、勘弁してくれ。

 

病院の受付で症状を話し、診察前に聴音検査を受けました。

(ついこの前(10/17)、人間ドックで受けたよなー)とか思いながら、ヘッドホンをつけて聞こえるとボタンを押す、を繰り返します。
人間ドックと違うのはヘッドホンだけでなく額に当てるタイプの聴音器を付けて調べたこと。
額に当てたところから何が発せられていたのかは、さっぱり分かりませんでしたけど。

そして診察。
ちなみにこの時点でも、巨大な耳垢が耳をふさいでいるだけではないかとか、バカなことを期待していました。
聴音検査の結果(グラフ)を見せられると、完全に左右の聴力が違っています。
左耳は周波数全域で20~30dbより上です。(恐らく、そのくらいの音量が聞こえる、と言う意味)
ですが、右耳は周波数の上端下端を除きほぼ全域で80~100dbまで下がってました。

「これは突発性難聴ですね」
お医者さんはなんのためらいもなく、そう告げました。
原因不明の病気で、耳の神経を活性化させるためステロイド剤と血流を良くする薬で数日様子を見ましょうということになり、その日の診察は終わり。

次は木曜に来てくださいね、という看護婦さん。
加えて、静かなところで安静してください、と言われました。
げんなりした気分で病院を出て、隣の調剤薬局に行き薬をもらって会社に向かいました。

161108_2

(病院でもらった説明。クリックで拡大)

会社に戻って例のうるさいクリーンルームで仕事。
マジ気が狂う、とか思いつつ・・・

この日もらった薬は以下。看護婦さんの言われるまま、この日の午前中から飲み始めました。

  • プレドニン 5mg 朝4錠、昼2錠、夕2錠:ステロイド剤(合成副腎皮質ホルモン剤)抗炎症作用、抗アレルギー作用、免疫抑制作用、代謝作用
  • メコバラミン錠500 朝昼夕1錠づつ 生体内補酵素型ビタミンB12製剤 末梢神経修復
  • アデホスコーワ腸溶錠 朝昼夕1錠づつ ATP 血流改善
  • セルテプノン細粒10% 朝昼夕1服づつ 胃を守る物質(防御因子)を増やしてくれる作用 ステロイド剤副作用予防

(各毎食後)
これらを三日分もらいました。

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2016/11/23

発症した日のこと。

私のざっくりしたプロフィールを書くと、こんな感じ
男性、40代、会社員
・・・ごく平凡。

その日、11月7日、月曜日。
連休明け、朝はずいぶん寒くなったと思いながらいつものように会社に行きました。
このところ(とか言っても、たいがい、いつもそうなんですが)忙しく、仕事上で大事な案件があり翌週山場を迎えるので、今週もがっつりやらなきゃ、とか殊勝に考えながら仕事をしてました。
お昼まではなんと言うこともなく普通に過ごしていたのですが、午後3時からの海外との電話会議の場で異変はおき始めました。
最初に感じたのは(あれ右の耳なんか詰まっちょる?)という感じ。
全く聞こえないわけではないけれど、右から聞こえるはずの声がなんか遠い。
その場の会議が終わった後も、(ん~なんか、おかしー?)感が続きました。
夕方に始まった東京との電話会議(最近は電話ではなくネット会議が多いですが)のときには、完全に(聞こえてないぞ?)になってました。

会議の内容は上の空状態。
その後、クリーンルームに入って仕事をしたのですが、単純に片耳が聞こえない、というのではなく、響き渡る地獄。

クリーンルームの中は、空調の音などが重なり合ってかなりの騒音なのですが、これが頭の中に響き渡ってきます。頭の頂点から割れそうな苦痛、、、

加えて仕事仲間との意思疎通は、相手の声が聞き取り難く、精神的に辛かったです。
夜遅く帰宅する際に上司に事情を話し、明朝病院に行くことにしました。

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2016/11/22

福島県沖 M 7.3

テレビは朝から地震一色だったようです。

自分んちにはTVはありませんが、朝から病院に行くと待合室のテレビが東北の地震を伝えていました。

午後から高圧酸素治療でしたが、酸素カプセル内から外のテレビが見えるようになっていたので、地震報道を見てました。

地震そのものよりもやはり「津波」への扱いが一番大きかったようです。午後には全ての注意報が解除されてました。
最も大きな震度は、5弱でこれによる被害はあまりなかったようです。5年前の被害を振り返ると、この地域の地震では揺れよりも津波による被害が大きかったので、今後は5年前の教訓がが今回どのように生かされたか、改善点はどうしていくか、が議論されていくでしょう。

さて、それよりも原発です。

「確認されたなか」では、被害はほとんどなかったようです。

映像を見ると、福島第一原発には1000を超える汚染水のタンクが並んでいました。

16112201
これを全部確認したのか? 数時間程度で出来るものではないでしょう。
原発は一旦事故が起これば、すべてのことが異常事態のもとで進行します。
東電の広報の人が「問題ありません」とか「異常はありません」と言っているのが、甚だ白けさせました。
地震がなくても、今は異常状態じゃないのかよ?表現おかしいだろ?と。
あの大量の汚染水タンク、どうやって管理して、処理していくんだよ。

第2原発では、使用済み核燃料の冷却プールにつながっているポンプが一時間半ほど停止したそうです。

政府は、福島原発は「制御下」にある、と世界に公言しています。
そんな虚言は国外には通用するかもしれませんが、国内では少なくない人が不安を感じています。

横暴な政府と九州電力によって再稼動されてしまった出水原発のある鹿児島知事選で、原発反対派の知事が勝利したのはまぎれもなく、この不安を政府に突きつけた国民の意思です。政府も九州電力もこのことをかなり軽く見ています。

南米あたりでふんぞり返っている安倍君には、今回の地震を見て、「制御下にある」という言葉の本来の意味を学びなおして欲しいものです。

16112202_130822
(2013年8月22日の新聞記事より)

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突然

突然ですが、しばらく入院してました。
入院してました、って過去形で書くので今現在は退院し、通院中です。

事故ではありません。
自分にとってはあまりに突然のことで偶発的な「事故」のようにも思えました。
病気で入院なんて、これまでの人生で一度もなかったのでちょっとドキドキしました。
さすがに年齢を考える歳になったということでしょう。(今更?)
病名だけ聞くと、どこかの芸能人みたいですが、病名を聞くのと実際にかかったのでは、これほど違うのか、と思うこともありました。

発症して、病院に行き、その後10日間の入院を経て、完治はしていませんが一旦退院しました。
現在までの、そしてこれからの経過を記録しておこうと思います。
さすがに、今回ばかりは「いいネタが出来た」とばかりに能天気に喜んでいられない心境です。。。

おっと、病名を書き忘れるところでした。
お医者さんに言われたのは「(右)突発性難聴」でした。
この病気は、

1/3が完治、

1/3が部分的回復(聴力が完全には戻らない)、

1/3が難聴のまま(聞こえないまま)

だそうです。

つまり、発症後7割の人が後遺症が続く、もしくは聞こえないまま、と言う病気です。
既に21世紀の真っ只中ですが、未だに原因不明の病気であり、これと言った治療法は確立されていません。
現在、一応退院はしましたが、聞こえの具合は良くないです。(まだ、右耳があまり聞こえません)

若い人や、発症後の対応が早いほど治りが良いらしいですが、自分はもう若くないからなあ。
なにしろ、まだ進行中なので、結果は分かりません。
むしろ、完全に回復する確率のほうが少ないので、ハッピーエンドは望めません。
とはいえ、経過を記録しておくことは大切だろう、と考えました。
カテゴリーに「突発性難聴」を追加しました。
もし、このキーワードをたどってきた方は、カテゴリー別にしてたどったほうがいいかもしれません。
経過記録以外は普段どおりのブログのままにするつもりです。

誤解しないように書いておきますが、本人は(片耳が)聞こえない事に関しては思ったほどショックではありません。(たぶん)
不幸のどん底、みたいな気分はありません。全く音のない世界へようこそ、ではないしね。
よほど、15年前に背骨がぐちゃぐちゃになったときのほうが「まだしも」ショックだったので、それに比べれば、ということもあるかもしれません。
ですが、人と話すのが、今まで以上にいちいちめんどくさい、と思うようになりました。

ここしばらくは発症から入退院の記事が続きますが、ご容赦を。

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2016/11/06

はっえー、さっみー

あれよあれよと言う間に11月になってしまいました。

仕事がヤバイ、忙しい、という言い訳をタイトルに込めて見ました。(って、ぜんぜん込もっとらん)
TOP画像だけ変えましたが、これも昨年の今頃、TOP画像にしようとした奴です。
まさかの復活。
車を買い換えて10月末でちょうど1年経ちました。
すこぶる快調。寒くなったせいか、燃費はオチ気味ですが致し方ありませぬ。
(それでも、JC08の表示値より10%増し、くらい。)

走行距離は1万9千近く。この間、2ヶ月くらい日本にいなかったですが、関東往復2回もやっとるけんのー。

仕事のほうはあと一ヶ月くらい、この状態が続きそうなので今月もあまりアップできんかも。

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