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2016/05/26

自動運転化に向けた動きが活発です。

世間では自動運転化に向けた動きが活発です。
今日はこんなニュースがありました。

『警察庁は26日、ドライバーによる運転操作がなくても走行できる自動運転車の公道での実証実験を巡る、初のガイドライン(指針)を策定、公表。
4月7日の指針案公表後に一般の意見を募り、原案通りとした。運転者の乗車などが条件で、運転者がおらずハンドルもない「完全自動運転」は認めていない。
 指針では、安全確保やドライブレコーダーによる記録保存のほか、事故時には原因究明と、再発防止策が取られるまで実験の自制を求めている。』

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現在開催中の伊勢志摩サミットでも、各国首脳を前に自動運転車がアピールされたようです。

『サミット会場で26日午後、各国の首脳がトヨタ自動車などが開発を進めている自動運転車に試乗した。
カナダのトルドー首相ら4人が試乗する一方、オバマ米大統領やメルケル独首相は欠席。
事前に入念な準備を進めてきた自動車メーカーの関係者の間では「残念」との声も上がっていた。』

半導体業界でも、車用の半導体用途は、PC、モバイルに続く新しい大きな山(半導体へのニーズがあるコンシューマー製品)として注目されています。
そういえば、今年のCESで、NVIDIAが世界初の車載AI(人工知能)としてスーパーコンピューター「DRIVE PX2」を公開してましたね。
なんでCESで車か、というあたりも今後を占う上で重要な出来事だったように思います。(今年のCESはモーターショーか?というノリでした。)
車への半導体使用は昔からありました。
エンジンの点火系だけでなく、燃料噴射系、エンジンの回転運動をいかに効率よくタイヤに伝えるか、という運動制御系も、センサー部分も含めて半導体が担っています。
運動制御はトランスミッションだけでなく、デフやサスの制御も含まれます。さらに車内の環境制御も同じです。
最近、日本ではハイブリッド車が主流になりつつありますが、これも半導体無くしては成り立たなかったでしょう。
そして、自動運転ともなると使われる半導体の量も質も拡大するんでしょうね。

日本で車載用の半導体を作っているといえばルネサス、ローム、富士電機あたりが有名ですが、車部品(特にモーター系)大手の日本電産によるルネサス買収騒動が起こっています。
ただ、ルネサスの大株主である革新機構が日本電産の元副社長で元々カルソニックカンセイの経営者だった人(呉文精氏)をルネサスの新経営者に指名しているため買収は成立しないだろうといわれています。
日本の自動車メーカーと、日産出身の革新機構の元締めである志賀氏による思惑ではないか、と見る向きがあるようです。
世界に眼を向けると車載半導体メーカー大手のNXPセミコンダクター(オランダ)のFreescale買収劇により(シェアトップになり)、ルネサスの影響力低下がウワサされています。
日産がカルソニックの株を全部売り払う、というニュースがありました。カルソニックといえば日産、日産といえばカルソニック、というほど結びつきの強い系列でした。
なにやら政治的な話が匂ってきますが、日本の製造業のトップに言いたいのは政治的な活動は別なところ(特に世界を相手に)で発揮してほしいですね。規格とか、標準化とかを決める場面で。

さて自動運転の話。
何を隠そう、自分はこの手の技術にはかなりネガティブです。
具体的に言えば「嫌い」です。
オートマ(AT,CVTなどオートマティック トランスミッション)ですら嫌悪しています。何が悲しくて、運転を自動にしなくてはいけないのか。
将来これが一般化され、自動運転が義務、になったらこの世の終わりだと思っています。
駐車(縦列など)程度を自動化するのは「アリ」かもしれませんが、運転まで自動化ならタクシーやバスに乗っているようなものです。
過渡期(自動運転の車と、そうでない車が混在する時期)に発生するトラブルは誰の責任になるんでしょうか。
事故、目的地に着かない、目的地までの時間が読めない、など。
碁の勝負でAIが勝ってしまう世の中なので完全自動化はありえる将来像かもしれませんが、人間の可能性や楽しみを奪うことが「未来の技術」とすれば悲しいことです。

 

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コメント

おはようございます。報道を見る限り地震の影響はかなり薄れた感じですけど個人レベルだと生活が激変された方も多いでしょうね。
職場の方、我が家のリフォームをお願いした営業マン、いずれも今度の地震で自宅建て直しだそうです。

娘の出産まで秒読み段階になり、落ち着かない日々が続いています。

自動運転の話をされていたので、AIの話をひとつ。
大学のセンター入試が近々廃止され、新しい入試制度に変わります。
どのような問題を作成すればよいのか、という研究です。

現在のセンター入試の問題だと、AIくんも8割近い正答率(上位2割ぐらいに食い込む)だそうで、人間はAIくんに勝たなくてはいけないから、AIくんに解けないような問題を作成するための研究をしているらしいです。

そのための実験で、研究者は現在の中高生の何割かがこのAIと同じアプローチで問題を解いているという現実に気づきます。
極端に言うと、彼らの頭の中では、文字が意味ではなく、記号として処理されていて、単純なソート法みたいな感じで問題を解いているというのです。だから、私たちの世代では「答え書いてあるじゃん、やったね、サービス問題だ!!」って思うような問題をなぜか間違えるらしいのです。

これに気付いた研究者が初等教育での中途半端な英語教育やプログラミング教育をやめさせて、正当な日本語の本を読むべきだと警鐘をならしているのです。

実際、私が接していても、こういう考え方の生徒が少なからず存在します。テストで記述問題を出すとこの傾向が顕著に出ます。全体の意味が真逆であっても、必要とする単語が書いてあるから、部分点をくれというのです。

ここから先は私の考えですが、英語は結論が先に来るけど、日本語は最後まで聞かないと結論はわからない。でもこの言語に接しているうちに、物事を俯瞰する習慣が自然と身についていたのかもしれないということです。最後まで聞くというのは全体を見渡すのと同じことではないかと。

最近授業をしていても、話が通じていないと感じることが多くなりました。最後まで聞けない、塾などでDVD学習が流行っているせいか、計算されしつくした講義ばかり聞くので、前後が逆になって話したり、複雑な話とかすると頭が混乱するのか通じないのです。類推も苦手です。

なるべく短く、簡潔な指示を心がけるようになりました。

ま、こんな話をここで書くのも変なんですけどね、同業者でも若い世代の方々にはこんな話わかってもらえないのでついつい長々なってしまいました。

朝から込み入ったこと書いちゃってごめんなさい。

よい休日を(^_-)-☆

投稿: Poket | 2016/05/29 08:22

返事が遅くなってすいません、、、
時々思い出したように揺れることがありますが、熊本の地震は確実に減っているようです。
Poketさんはもうすぐおばあちゃんなんですねー( ^ω^ )
AIをネタに、いつかブログ記事を書こうと思った矢先だったので、長文になってしまいました。
ぼちぼち、暇なときに読んでください。

センター試験の枠組みは変更になるんですね。
自分が受けたときがちょうど1990年と91年で、『共通一次』からの変更直後でした。
さて、AIの話。
Poketさんの話で驚いたのは、
「現在のセンター入試の問題だと、AIくんも8割近い正答率(上位2割ぐらいに食い込む)」
の部分でした。さてこのAI君の中はどんな人なんでしょうか、という疑問。
そして、AIと同じような解法をしている高校生が、「単純なソート法みたいな感じで問題を解いている」とあるので、AI君はソート法で解く人だと解ります。
解き方が「確率論」になっているんですね。AIといっても所詮は計算機。当然なのかもしれません。
うがった言い方をすると、博徒のような感性に近い。(と私は感じました。優秀な博徒は、多くの場面で一か八かではなく確率論的な計算をするような人のことを言います。)
実は、確率論による問題解決は社会的な要請でもあるように思います。(現在の現実はそれをしようとしない「普通」の人の方が多数派です。)効率を求めれば、そうなるのでしょう。
教育の場において、それは勉強を教える側も変化して「塾などでDVD学習が流行っているせいか、計算されしつくした講義」になっていくのでしょう。
(教える側と教えられる側の変化の順番はわかりませんが)

日本語(S+O+V)の話と、俯瞰的な思考法についての推察は非常に興味深いです。
日本人的な「腹芸」の文化については多くの人が考証しています。
海外に行くとそのことが「世界では通用しない」とする、自称「グローバルな」日本人が多かったりします。
果たしてそうだろうか?世界の人が全て、(結論を急ぐ)せっかちな人って誤解していない?
最後まで聞くというのは全体を見渡すのと同じこと、が自然に身についている日本人的の価値観を世界に広める(もしくは認識させる)方が有益じゃね?って思いますね。
もちろん、日本人の中にも人の話の結論を聞く前に、(さえぎって)自分の話・主張をする人もいます。
声が大きかったり、マイペースに話を進める人方が、会社内の地位が高かったりすることも多々あります。(それでうまく回っているかどうかは別と思いますが。)

少なくとも自分の仕事においては、俯瞰して物事を観察し、過去と現在の事象から将来起こりうることを類推し、それに備えた活動(社内外に周知しケアをする)をする、もしくは対応できるモノ(新商品)を新たに作り出す(開発する)、ことが求められます。
これは、自分の趣味の世界(旅行やダイビング、車やバイクの運転)でも同じことなので、比較的どこでも通用する考えではないでしょうかね。
ん?旅行は計算どおりになったらつまらないか。

AIの話に戻りますが、この技術は現在、世界のほぼ全ての地域で技術トレンドになっているといっていいでしょう。
ただ、その技術の進む先を俯瞰してみている人がどれだけいるのだろうか?と思うと怖いです。
先日、碁の対戦でAIが人間に勝利しています。
碁、というのは比較的盤面を「俯瞰」して考え、次の一手を打つことが求められるゲームです。
この対戦でのAIの思考が、仮にソート法の積み重ねだとしても途方もない数を一瞬でこなせば、その一瞬に「俯瞰」して考えていることになるのかもしれません。
AIとて人間が作るものなので、人間が出来ることを「ある程度」、「完全」に、トレースできるようになっていくのでしょう。
いつかは、人間の素晴らしい面、たとえば新しい価値の創造、芸術もこなすようになるかもしれません。
一方で、人間の汚い面、残酷な部分もコピーするようになると思います。出来るか、出来ないか、で言えば、躊躇なく出来るでしょう。
近い将来、犯罪者、異常者がAIを活用することも、簡単に予想が出来ます。
水が高いところから低いところに流れるように、人間は低いところに行きやすい生き物です。
自ら住んでいる星すら滅ぼしかねないのが人間です。
そんな人間の作るAIが、果たして良いことだけに使われる、と考えるのはやや楽観的に過ぎるのではないか、と心配です。

投稿: ポン吉 | 2016/06/03 20:26

おはようございます。昨日も地震あってたみたいですね。
さすがポン吉ちゃん、私のつたない文章を理解していただけてとても嬉しいです。

まだ書き足りないことがあるのですが、なんせ時間がない(笑)
ってことでまたの機会に書き込みします!!

ではでは

投稿: Poket | 2016/06/06 05:59

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