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2011/05/05

あの日のこと

日本で地震があった日、自分は台湾で仕事してました。
夕方頃になって、会社の人を通じて、ようやく日本が尋常ではない状態にあることを知りました。
早速群馬の親と妹に電話をしました。
親や妹の携帯にはまったくつながりませんでしたが、家の固定電話には割とすぐにつながりました。
母親によると、かなり長い時間揺れが続いてテレビを抑えるのに必死だったそう。
しかし、そんな中昼寝中の父親はは全く気が付かず寝続けていたらしい。
(まぁ、もうぼけてますからね)
いやはや。

妹とは翌朝携帯で連絡取れました。
義弟は東京で地震にあってその晩は帰れなかったそうです。
まだ幼い姪たちにとって、あの地震や今でも続く余震に名状しがたい恐怖を感じているんじゃないかと気がかりです。

どちらも直接的な被害はなかったみたいなので、一安心しました。

自分はひとり台湾で鬱っとうしい気持ちでした。
けど日本にいる人のことを考えれば、どれほどのこともありません。
しかし、それでもやっぱり気持ちが沈みました。
日本から刻々と流れてくる地震、特に津波の映像には衝撃を受けました。
司馬遼太郎さんの表現を借りるならば、内臓がずれ落ちるほどの衝撃でした。
 

そして原発による被害。
自分は、子供のころから原発には拒否反応を持っていました。
一度、この件では父親と口論になったことを覚えています。
しかし、今まで声高に原発反対を言ってこなかったこと、電力の浪費に対して無頓着すぎたことなどから、原発反対と唱えるのは今さらな気がしました。
被災者への心配な気持ちもあるのですが、それが自分の心にうっとうしさを感じる一因だったかもしれません。
 

日本でどれだけ報道されているか知りませんが、台湾の人々の日本に対する親愛の情は深く大きなものでした。
今回の地震で多くの義援金が瞬く間に集まったようですし、街を歩けばそこかしこに日本を応援する文字がありました。
正直、彼らの心配してくれてる気持ちがどこから来ているんだろうと驚き、こちらが不思議に思うほどに深刻に、心から心配してくれているように見えました。

日本人の一人として、大変感謝します。
本当にありがとう。そしてこれからも見守ってください。

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