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2008/04/01

球磨ドライブ

先々週末、人吉へ行ってきました。

往復250kくらい。

ただし、これには多少事情があります。
行きは100kくらいでした。高速使って片道1時間ほど1150円(通勤割)
このくらいだと散歩の範囲だなぁと思ってました。
帰りは山沿いの国道445号を使ってみました。これが大変のなんのって、あーたっ!(大泉洋 風)
途中の五家庄あたりまではスイスイ行ってました。
その後、まず道を間違えてひどい山道に入ってしまい往復10kくらい無駄に走ってしまいました。
美里町?から熊本盆地の入口とも言うべき二本杉峠まできたところでその先は全面通行止め。
左の県道だか町道だかに誘導されて降りていくことしばらくして再び全面通行止め。
この後何度となく「全面通行止め」、「迂回路こちら」の看板に当たりまして、山を上ったり降りたりしてようやく443号へ出て美里町の八代市支所方面から甲佐、御船方面に出ることが出来ました。

疲れた。
445号そのものは片道一車線のそこそこ整備された国道で快適なワインディングのある交通量の少ない道でコーナリングを楽しんでいました。ですが、そのうちところどころ全幅1.5車線の道が出現。まるで伊豆の山中の3桁国道のようになって来ました。

それでも445号そのものは恐らくほぼ全線快適だと思うんですが、その後の迂回路がほとんど1.5車線。かなりきついワインディングと、荒れた路面は車にもドライバーにも優しくない道でした。

そして果てしない迂回路誘導の看板はほとんど拷問じゃないかと(泣
後半はひたすら疲れてしまいました。車運転してて疲れるんは久しぶりな気がします。

人吉には人吉城址などを見に行ってきました。
球磨地方はまだ桜も小さい蕾の所も多くみられました。春はもう少し先、と言う感じです。
ここは鎌倉期以降幕末まで相良氏が代々領してきた土地です。
鎌倉期以降延々と同じ氏族が同じ土地を支配できたのは全国でも数少ないまれなケースではあります。
そのあたりについても資料館に行くと説明がされていました。
現在の人吉城址は戦国期(と言うよりむしろ江戸期に完成)に築かれた近世の城跡で、それ以前のお城(原城)に隣接する位置に築かれています。また城の規模も大きく立派です。

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三の丸から眺めた人吉市(手前は球磨川)↑

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二の丸の石垣↑

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二の丸から三の丸につながる中の御門跡↑

この城を特徴付けているのは、城の門が川(球磨川)に面していることでしょう。
海に面した門を持つ三重の鳥羽城を想起させます。こちらは政治的な役目と戦闘的な役目の両面がありました。
完成が江戸期なだけに城の役目が戦闘よりも政治的な部分に重点が置かれ、城内に税としての米などの物産を納めやすいように交通の便利の良い川沿いに門を作ると言う発想があったのでしょう。

今で言えば港や空港、高速道路のICに近いところに工場を建てたりするのと同じです。

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外がすぐ球磨川になっている御下門(おしたもん)跡 ↑

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人吉城の経済上の玄関口である水の手門跡(復元)↑

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幕末期の武者返し石垣跡(熊本城のそれとは違い西洋技術が使われる)↑

とはいえ、球磨川は日本三大急流の一つでもあり水運が便利とはいえ活用するのは大変だったんじゃないかと思いますけどね。
山あいをえっちらおっちら行くよりもなんぼかまし、と言う程度でしょうか。

人吉城の特徴と言うかどうかわかりませんが、藩士の屋敷跡に発見された地下の井戸跡、というのがあります。
いまだにその目的が不明らしいですが、資料館の方の説明によると、水神を祭っていたという説があるそうです。
また、その藩士が隠れキリシタンだったのではないか、ともおっしゃられてました。
この屋敷の持ち主の藩士、相良清兵衛は藩主によって藩を放逐され、その一族が反発して乱を起こし(お下の乱)屋敷は焼かれてしまいます。この地下井戸もその折に埋められてしまい、つい最近発見されるまで歴史の闇に消えていた、というのも非常に興味をそそられます。

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人吉城資料館↑

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地下井戸跡↑

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胸川に写る多門櫓跡(復元)↑

人吉城址の西、胸川を渡った向かいにはお寺があります。
ここには幽霊寺とかんばんがあります。
なんのこっちゃ、と中に入ると(無料)お堂の中に掛け軸があります。
この掛け軸の絵が世にもめずらしい、幽霊の絵。


鬼気迫る、というより物悲しい印象を受けました。
その掛け軸の脇に書かれた説明によると、昔お妾さんが無念の死を遂げて以来夜な夜な姿を現すようになり付近の人々が恐れており、この寺の住職だった人がその幽霊の姿を描いたこの絵を見せ、その醜い自分の姿を恥じた幽霊はその後現われなくなったといいます。

その幽霊にはまだ人の心が残っていたんですね。だから物悲しく感じたのかもしれません。

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ゆうれい寺の永国寺↑

人吉を後にして、資料館(¥300)で2時間くらい費やしてしまったので球泉洞に行く予定を変更して帰途に着きました。
帰りに通る国道445号走破も目的の一つです。
途中、五木の子守唄、で有名な五木村があります。ここの道の駅ですこし休憩。
道の駅の敷地は道を挟んで2箇所に分かれていて、インフォメーションとお土産の売店がある場所と温泉があるところが別々です。
時間も押しているので温泉には入らずに先に進みました。
その後の展開は冒頭に書いたとおり。
めちゃくちゃ大変なドライブになりました。
けれど、二本杉峠より北の甲佐・御船方面の道が通行止めでなければ、楽しい道だと思います。
帰りの走行距離は150kくらい、行きの1.5倍かかりました。

疲れたけどなかなか良い旅でした。

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