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2008/02/02

ペルーの側面

ペルーの首都、リマの人口は800万人ほどです。
大阪府の人口が880万人ですからこれとほぼ同じくらい。でも人口密度は大阪のほうが倍くらいあります。4600人/km2ほど。

大阪と言わず日本の大都市は高層建築の住居が多いので人口密度も大きくなる傾向があります。
人口1200万人の東京都で5800人/km2です。
リマにも高層建築物はありますがごく一部、オフィス向けと思われるビルとホテルくらいです。
マンションはほとんどないんじゃないでしょうかね。

リマのセントロ地区、アルマス広場に面して大統領官邸があります。
この裏手にはリマック川が流れています。
自分が見たときは普段よりも水量が多いみたいで、いつもこんな色しているのか、というくらい茶色い色をしていました。

080202rimac

川の上流、アンデス山岳部が雨季のせいかもしれません。
リマック川にかかる橋から北東のほうに見えるのはサンクリストバルの丘。
ここの斜面に沿って貧しい人々の家が並んでいます。

080202san_cristbal

カラフルに見えるのはペルーの元大統領、フジモリ氏が見栄えが良くない、といって無料でペンキを配ったら、みな思い思いの色で塗ったためにこのようになった、と現地ツアー会社の人に聞きました。

こうした貧民街はここだけでなく、リマ郊外のほかの丘陵部にも、それ以外の場所にもたくさんあります。
普通、山の手というと高級住宅地のイメージですが、リマでは低所得者層が不便な(でも土地の値段はほぼ「ただ」同然の)丘の斜面に追われてやむなく住んでいる、と言う感じがしました。

080202house_pelu01

リマからナスカに向かう道路はペルーのコスタ(海岸部)を縦貫します。
このコスタはほとんど砂漠地帯です。自分は生まれて初めて砂漠のなかを通る道を走りました。
この砂漠地帯にも貧民層が住んでいます。家は小屋というより単なるムシロの囲いのようです。

080202house_pelu02

日干し煉瓦を積み上げて作った小屋はまだいいほうなのかもと思えるような感じです。
広さは4畳半か6畳くらいの広さに見えましたがどれだけの人が住んでいるんでしょうか。

080202house_pelu_in_desert

こうしたところには当然水も電気も来ていません。水は配水車がくるらしいです。
たまに電気が来ている小屋を見かけるとかならずTVアンテナが立っています。
前にタクシーの話を書きましたが、こういったところの人がタクシーや乗り合いバスに乗って町や農場に出かけて働いているようです。

ペルーの貧民層(この表現そのものが適切ではないかもしれません)、と呼ばれる層は人口のかなり大きな部分を占めています。
フジモリ前大統領が彼らの環境改善をずいぶんと行っていたようです。
自分は今の姿しか知らないのでどれだけその効果があったのか知りません。

今の日本は景気が良くない、と言いながらもペルーのように激しく貧しい人々の層はありません。
しかしペルーは物価が安いため、貧しくても生活の立てようがある国である、ともいえます。
日本は物価が高く、少しでも貧しくなったらどうにも生活できない、と言う環境であるとも言えます。

リマの街中で、信号待ちしている車の周りを子供たちが側転したり飛び跳ねたりして見せて、お金を要求していました。
退屈しのぎをしてあげたんだからお金頂戴、と言ったところでしょうか。
信号待ちにジュースやらお菓子を持って売り歩く人々もいました。
とにかく何かしらお金を得るためにみんな働いて(?)いる、と言う感じです。

080202pelu_children_2

日本で言うところのワーキングプアーの問題は金銭的な物質的な問題よりも精神的な部分が大きい気がしてきました。
働いても一向によくならない環境、と言うのは程度の差はあるのですが日本もペルーも似たようなものです。
一方で日本の「ワーキングプアー」と言う言葉には、「無気力感」もしくは「失望感」が漂っています。
ペルーの人は必死です。むろん、よく知らないから勝手なこと言っているのかもしれません。
でも見たままで言えば、ペルーの貧しい人は生きることに必死です。
この辺りに問題の本質があるような気がするのですがどうでしょうか。
決してペルーの状況がいいとは思いませんが、日本人に漂う無気力感の原因を解決しないと将来大変なことになりはしないだろうか、と考えたりしました。

話の流れが思っても見ない方向に行ってしまいました。
自分の見た、ペルーの観光地ではない部分の今現在、がうまく伝わると良いのですが。

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コメント

私もペルーに行きましたが日本のワーキングプア問題の無気力の根源は世代間格差ですね。
今の若い人の親の世代が比較的まんべんなく家が持てたのと違い今はデフレの世の中です。賃金もバブル以降全体的に安いですし。
ペルーはそこそこ子だくさんでこれから発展するのに対し、日本は既に超高齢化の並ですからね。膨大な老人層と借金。高い教育費、住居費・・・無気力になるのも無理はないでしょう。
日本ではこんな不法住居立てれば速攻でしょっぴかれます。山の中だろうとも。ホームレスもしかりですね。アバウトさが南米の活力の源ですね。(犯罪も多いですが)
日本はバブル崩壊時に派遣制度解禁せず、ワークシェアリングでもやっていればここまで無気力化が進む事はなかっただろうと思いますね。

投稿: rondo | 2008/10/11 20:56

rondoさん、こんばんは

書き込みありがとうございます。
ペルーの光景はすごいですね。
過去、日本もああいう時代があったと聞きますが。

世代間の格差ですか。
いつの時代でも世代間格差というのはあったと思いますけど、少子高齢化、という世代間(人口比)ギャップを伴ったものはここ最近特有のものですね。
おっしゃるとおり、ここまで老人世代がそれよりも下の世代に対してプレッシャーになることはなかったでしょうね。

若い人の夢も希望もすべて、老い先の「長い」老人に押しつぶされていく日本。
いやー、中途半端なオカルト映画より怖いです。

コメントいただいてからすこし考えたんですが、、、、
時代が時代なら姨捨山で切り捨てられている世代を弱者救済の名の元に甘やかす時代、というと、響きは酷でしょうかね。
ただ、日本人を一個の生物としてみた場合、すでに生命体「日本人」自体が世界全体から「アポトーシス」されかかってんじゃね?と思うこともあります。
もしくは「日本人」は一種の古い伝統のようなもので、いつかは惜しまれながらなくなるもの、かも。
昔からの言い回しで言うところの「閉鎖的民族」ですから。

その反面で当然得たものもあるわけで、その大きさと比べて、さぁ日本人よこれからどうしますか、と毎日問われている。

ペルーを見ていると生きることへの強い執着を感じます。
発展途上国なんてみんな同じかもしれませんが、南の島の人はもっと適当かも。フィリピンは違うのかもしれませんが。
自分は南の島の人型で「なるようにしかならない」と、これは無責任かもしれませんがそうおもっています。
あ、これって結局無気力なのか。

投稿: ポン吉 | 2008/10/15 00:15

コメント欄汚してすみませんでした。
確かに日本人は将来的に消えていく可能性は確かに高いかも・・・
昔私が学生時代の頃読んだ日本のSF漫画でも「数少なくなった純血種の日本人」とか書かれてる事ありましたし(その漫画が出たのはバブルの時期でしたが)日本人自体が本能的に感じてる所があるのかもしれません。
移民してなんとかしようって話もありますが、正直最近問題になってる派遣労働関連の問題も絡んで色々問題出てますし難しいでしょうね。
もしかしたら今ペルーで家族を持ってる現地案内の日本人や、昔日本が貧しかった頃、海外に渡った日本人の子孫が遠い将来において日本人の記憶を受け継いでいってくれるのかもしれません。現地案内のおばさん
あの物価高にも関わらず凄く元気だったですし。
なんかコメントが小○左京風だな・・・(笑)

投稿: rondo | 2009/02/11 22:27

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