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2008年2月に作成された記事

2008/02/18

寒い日が続きますが。。。

春は確実に近づいてます。

 

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(2008.2.10 佐賀・蓮池公園)

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2008/02/13

今ではカードが財布になってます

クレジットカードが3枚持っているなんて話を先日しました。
会社の同僚にはカードなんか持ってない、なんていう人は今でもいます。

むかーしの自分も、カード持っていると自分の使った額がわからず際限なく使いそうで怖い、なんて思っていました。
今ではカードなしに生活を送ることは考えられません。
小銭が要らないし、ポイント(マイル)が貯まるし、ETC利用ではカード必須ですし。
月一でカード会社から送られてくる利用明細が家計簿代わりとなっています。
今では消費する生活費の7割くらいはカード利用じゃないですかね。(Edy利用分含む)

例えば1月の生活費が10万だとします。
このうち7万はカード利用です。(光熱費、通信費なども込み)
残り3万は会社の社食やたまにカードで払えない外食(ラーメン屋)とか、週末ドライブ途中の道の駅とか、博物館やら温泉などにいったときに使った分です。

7万はそっくりそのままユナイテッドのマイルに変換されます。
7万円=1050マイル。 (*マイルアップメンバーズ)
普通に生活するだけでマイルが貯まるのはおいしい話だと思いました。
そんなわけでいわゆる陸(おか)マイラーと化した私です。

上の7万の支払いにはEdy分も入っています。
光熱費や通信費などはEdy払いでカード利用しています。
それ以外、お弁当とかジュースとかで使ったEdyにはANAのマイルが「ついでに」貯まります。
これはそんなにたいした額にはなりませんが、まぁついでに貯まるんじゃ貯めておけ、って感じです。
貯まったANAマイルはEdyとして使えます。(1万マイル=1万円分)

気がついてみると世の中ポイントとかマイレージだらけです。
ですがそれを集めるために特別に出費する、というのでは意味がありません。
普段の生活をして、気がついたらマイルやポイントが貯まっていたというのがお得感、というものです。
ちなみに貯まったマイルでハワイでも行こうかなっと思っております。
ハワイなら今貯まっているマイルで可能。(4万マイル)

とはいえ格安航空券なら今の時期6万円で往復チケット手に入りますが。
これが正規運賃だと23万くらいかかっちゃうんだから航空運賃とは一体なんなんだ、って思いますね。

さー、時間さえあればいつでもいけるぞぉ。・・・ないけど(泣

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2008/02/10

ひとくぎり

11月に熊本へ来て、パラオに行き、牛深でも潜り、12月には太宰府と大分へ行き、年越して1月にはパラオとペルーへ行きました。
よくもまぁ、短期間の間にあっちこっち行ったものだなあ、とあきれてしまいますね。

この三ヶ月、仕事上でもあれやこれやありました。
でもこの3月で、これまであしかけ4年にわたって開発してきた装置の開発期間がようやく終了と言うことになります。
すでにお客さんのところには1台入れてありますので一応の完成を見た、と言う点では満足しています。
1台の装置を作り上げるのに、いろいろな人やいろいろな部署、自分の場合はいろいろな会社も含めた利害が絡み合って出来上がるものなのだと痛感しました。

当然そこには技術屋として貫き通したくても通せない部分もあって不満がないわけではありません。
頑固に言い分を通した部分もあれば、仕方なく相手の言い分を聞いてきた部分もあります。
作り上げたもの全部が全部、納得して出来上がったものとは言い切れません。
折り合いをつけて行く中で、胃の痛い時期もあったし、反対に相手にプレッシャーを与えていた場面もあります。
10数年もメーカーで勤めていたのに、ようやく今頃になって製品の出来上がりに関していろいろ学ばせていただいたなぁ、と思っています。

この装置が量産工場で展開されるのかどうかは、対象となるプロセスノードが32nmとか22nmとか言われていますのでずっと先のお話です。

まぁそれまでは、今の納入装置でお客さん自身でいろいろと検証してもらうことになるでしょう。
一方自分は4月から純粋に今の部署のお仕事が始まります。

直接お客さんとの折衝事が増えてきますので、今まで以上にデバイス量産工場に出て行く機会が増えてくるかもしれません。
今の半導体デバイス量産工場というと、国内は東芝、エルピーダ、ルネサスと言ったところが大きく、他富士通、ソニー、NECELなどが続きます。

作っているものは、断然フラッシュメモリー、DRAMが多く、MPUとかASICが後に続きます。
海外の方が半導体工場の数は多いのですが、日本からエンジニアを出す、というのは余程のことがない限りないかもしれません。
もちろん可能性としては韓国や台湾、中国やアメリカ、ヨーロッパもありますけど、自分は担当が違うのでないだろうなぁ

半導体業界の先々の景気についてはあまり見通しはよくありません。
うちの会社でも、開発費削減、なんていわれてます。
必要のない出張、特に海外主張は避けるようにというお達しもあるそうです。
ここ数年では一時的にすごく景気の良かった時期がありましたからね。

でもいい時期は長続きしません
うちの業界はある意味で

ヤクザ

ですから。(苦笑

景気の山谷が激しいという意味です。
今後どうなるのでしょうねえ。

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2008/02/09

ツタヤWカードはちょっと不便

先日、エネオスのガソリンスタンドに給油に行きました。
エネオスでは払った額に応じてツタヤのティーポイントが貯まります。
そして自分のツタヤカードはクレジットカード機能付です。いわゆる「ツタヤWカード」というもの。
実はエネオス以外でもそうなのですが、クレジットカード機能がついたツタヤWカードはツタヤ以外では全く効果がありません。
ツタヤWカードのクレジットカード機能を全く使わない自分にとっては、

全くの無駄

ということがここ1年でようやくわかりました。(遅いがな

自分はクレジットカードを3種類持っています。
①セゾンカードのユナイテッド航空マイレージプラス提携クレジットカード (Master)
②以前住んでいたところの地方銀行が発行していたクレジットカード(DC VISA)
③ツタヤカード提携アプラスクレジットカード、通称ツタヤWカード (JCB)

①は自分がメインで使っているカードです。マイルアップメンバーズなので1000円につき15マイル貯まります。
②はDCのポイントが貯まります(1000円で1ポイント)がお得感がありません。最近は全く使用していない。
③はツタヤ会員カード併用なのでツタヤレンタルの時のみ提示していますがクレジットカードとしては使用していません。
支払いは①を使っています。(ツタヤポイントも①のマイレージもダブルで貯まる)
本当は③のクレジットカード機能を使ってレンタルすれば10%割引とか、ティーポイントの貯まる効率もいいとかあるのですが、そんなにしょっちゅうレンタル利用しているわけではありません。

貯まったティーポイントの使い道は
1)ツタヤレンタル料金として使う(1ポイント=1円)
2)ガストで使う(1ポイント=1円)
3)ANAマイルに変換する。ANAマイルはEdyに変換可能。 (10000マイル=1万円分)
と言うところでしょうか。有力なのは1)と3)です。
ともかく自分はそんなにティーポイントを貯めるのに熱心ではない、というのもあります。
熱心ではない理由が冒頭に書いた

ツタヤWカードはツタヤ以外では他のクレジットカードとの併用が不可

と言う点なのです。
実はこのティーポイント、本来ならエネオス以外にもローソンでもファミマでも貯まるのですが、Wカードの場合、他クレジットカードとの併用は不可で使えません。

一方、クレジットカード機能が付いていない通称「ツタヤ(現金)カード」は他クレジットカードとの併用が可能です。
年会費払っているだけ無駄なことにようやく気がつきました。
次の更新時には現金カードに戻したいと思いますが簡単にできるのでしょうか。。。

ちなみに、えらそうにクレジットカード3枚も持っていますが理由はあります。
海外旅行する場合、是非とも2枚は持っておきたいものです。
そう思うだけのトホホ話があるのですが、いずれまた。

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2008/02/08

CCDとCMOS

今、自分がメインで使っているデジカメはキャノンの「PowerShotA710IS」です。
パラオとペルーにも連れて行きました。
カメラの目となる部分は1/2.5インチCCD、710万画素、6倍ズームで、手ぶれ防止機能付きです。
感覚的なことかもしれませんが、リコー(CaplioGX)の目は1/1.8CCD+500万画素だったので、画素数こそ少ないですがCCDサイズ(目)が大きい分リコーの画質のほうがいいような・・・。おまけに広角だし。

ちゃんと比較したわけではないので正確ではありませんし、不満を言うほどの差ではありません。
ただ、なんとなく違うな、と思います。
使い勝手は今のところキャノンの方が良いです。
まぁパワーショット系は2台目で慣れていることが大きいのですが。

さて、このCCD。
自分のお仕事に関連する半導体製品なのに、実はあまりよく知りませんでした。
上でも「目」とか書いています。正確にはCCDそのものが「目」ではありません。
電子デバイスで言うところの「目」とは「フォトダイオード」のことで、これが光を電子信号に変換します。
CCD自体はそのフォトダイオードで得られた電子信号を増幅アンプ素子へ受け渡す、「電子転送機構」のことなんですね。
Charge Coupled Device = 電荷結合素子 
人間で言うと目で捉えた光の信号を脳に送る、視神経、と言うところでしょうか。

CCDと比較されるのがCMOSですがこれも目になる部分は「フォトダイオード」でCCDと一緒です。
CCDと違うのはCMOSはフォトダイオードごとにMOSトランジスタが信号を増幅させています。
転送して最終的に画像処理LSIへ結ぶ視神経としての役割ではCCDと一緒ですが、このように構造が違います。

このカメラの「視神経」はCCDです、というより、このカメラの「目」はCCDです、と言う方がとおりがいいので一般的には「目」という表現でこれらを説明しているのでしょう。

どっちが高性能なのか、調べてみたり自分の感覚として感じている部分で考えてみたのですが、よく分かりません。
実情として、コンパクトデジカメではCCD方式が主流です。
高級機とされるデジタル一眼レフはCMOS方式です。
ちなみに自分はよく知りませんでしたが、携帯のカメラはCMOSが主流だそうです。
携帯のカメラはちゃっちい気がしてますが、それと高級一眼のイメージセンサーの方式が一緒ってどゆこと?
と言う疑問があるのですが、ちょっとよく分かりません。

ヒントとしては消費電力は圧倒的にCCDの方が大きいということと、以前はCMOSの方が感度が悪かった(今はずいぶん改善されているらしい)、ということです。

小型化するのはCCDの方が有利、製造プロセスはCMOSのほうが楽、などということも比較の上ではあるようです。

どちらも一長一短あるようですが、従来CCD>CMOSだったイメージセンサーの勢力図も今後は逆転する、と見る向きが多いようです。

つまり、
感度改善はその目的にあった回路を組み込むことによって、
小型化は微細化によって、
それぞれCCDと同等以上の水準を達成することが可能らしいからです。
そうなれば消費電力や製造プロセスにも有利なCMOSイメージセンサーの勝利となります。
そんなストーリーがあるようです。

熊本ではソニー熊本工場がCCDやCMOSセンサーを作っています。
ソニー、と言えばCCDシェアは世界トップじゃなかったかな。
CMOSイメージセンサーのシェアは数%らしいと聞いています。
こちらの世界シェアトップは米国マイクロンだそうですが、ちょっと意外な感じ。
ソニーはCCDを使うコンパクトデジカメを自分のところで作っていますし、CMOSを使うデジタル一眼もミノルタから買収しました。
昔、一世を風靡したミノルタのαシリーズは今やソニーの製品です。
一方でマイクロンのカメラなんて聞いたことありません。
CMOSセンサーは安価で低消費電力なことから携帯カメラやWebカメラなどでよく使われているみたいですが、マイクロンの製品は見たことないものねえ。

シェアトップですから何かしらコンシューマー製品があるかも。知らんけど。

いずれコンパクトデジカメの受光部分にCCDに変わってCMOSが使われるようになれば、CCDは衰退して行くのでしょうか。
そしてそのカメラで写した画像の画質は本当にCCD並みかそれを上回れるのか。
製造プロセスが楽ということはどこでも作れると言うことであり、DRAMやフラッシュ並みに価格競争が激化してカメラ自体の価格も今以上に下がるのか。(コストパフォーマンスが劇的に向上するのか)

・・・と言ったところが今後気になります。

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2008/02/07

黄金比率

今朝も激寒の熊本地方です。
朝8:00頃の気温は氷点下3℃でした。
空は全く雲のない青空が広がっていました。
いわゆる放射冷却によって大地の熱が吸い取られて、今朝の寒さにつながったんですね。
氷点下3℃くらいがなんだ、と北方の方は思うでしょうね。
でも自分は寒いの苦手なんだもの。


氷点下、ってだけで体の機能がマヒしそうです。


週末はスバルディーラーに行くべきかどうか、で悩んでいます。
そんなことで悩むなんて平和だねー。

一方で、週末長崎に行ってみようかなぁと思っております。
中国文化圏では今、旧正月。
うちの会社の取引先である台湾とか上海のお客さんもお休みみたいです。
ニュースじゃ、中国南部は記録的な大雪で交通が麻痺しているとか電力の供給が制限されているとか大変なご様子。
このときとばかりに、都市部に出稼ぎに出ていた人もいっせいに地方の実家に帰るらしく、この時期の中国はさながら民族大移動の態らしいのですが、そこへ来て交通マヒとは。
不満もたまるでしょうなぁ。

そういうわけで、旧正月。
そもそもこの言葉自体にあまりなじみがありません。
爆竹鳴らしてお祭り騒ぎ、ってことくらいしか知りませんでした。
この時期長崎では中華街を中心にランタン祭り(フェスティバル)が行われるそうです。(今月21日まで)
ちょっと興味がわきまして、というか単に祭り好きなだけですけど、行ってみようかなと思案中。
本当は別件で長崎日帰りドライブを計画していたんですが、調べてみたらたまたまランタンフェスティバル開催中だったのです。
でも、「蛇踊り」とか生で見たいし。
車で日帰り出来そうですし。
日がな一日長崎でぶらぶらするのも悪かないかなぁ。

あぁ、平和だねー


さてさて黄金比率

以前にも書いたことがあります。
自然界にも多く存在する美しい比率、と言われ「黄金比率」と名づけられたそうです。
映画「ダヴィンチ」にフィボナッチ数列と言うのが出ていて、このフィボナッチ数列の隣り合う数の比は黄金比に収束します。
そういえば自分はまだこの映画を見ていません。

今回の下落のめどがどのあたりになるのか、黄金比率を使って考えてみました。
日経平均の昨年高値は2007年7月9日に付けた18261.98です。
これに黄金比率をかけてみると11286.45になります。
自分は日経平均はこの先12000を割るんじゃないかとは思っていますが、この計算では11000を割るような勢いです

今日の日経平均は後場に戻しましたが、前場引けで13000円割れをしてました。
このまま下げて行くのか、13000の節目をキープにするのか、きわどいところです。
先月の下値が12500くらいでした。

何を基準に黄金比を当てはめて行くのか、というのはセンスかもしれません。
自分の考える黄金比を使った計算はその通りいったことがありません。

センスないですねえ、自分。(苦笑

とはいえ、どこまで下げるのか、底をつけるきっかけとは何なのか、非常に興味深いところです。

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冷えますねえ

連日寒い日が続きます。
さすがは2月、なんて関心している場合ではないか。

今週末、2月8日金曜から3日間、2008年WRCの第2戦スウェディッシュラリーが北欧スウェーデンで開催されます。
多分今年唯一のスノーステージとなりますが、スバルのぺターに奮起を期待したいところです。
スバルがんばれ。

話は変わりますが、株価が大きく下がりました。
つい、つられてナンピンしてしまいました。

ナンピンは置いといて、この株価の下がりようであれば当初見通しのまま、3月あたりまで下げるんじゃないかと言う方針を確認。
そうすると、先走ってしまったナンピン分はこのまま行くと含み損。
ちぐはぐなことやってます(トホホ
相場の世界も冷えますねえ・・・

たとえば今、高配当な銘柄を買うとしよう。
来期も高配当か?というのが心配になりますな。

高配当というのは自分の場合、不動産系になっちまうのですが、昨年暮れの建築審査基準にかかわる着工遅れが回復して来期の業績は回復するんじゃないかと言われております。

不動産銘柄の価格は今の日経平均に先だってずいぶん下げてます。
おかげで利回り4%、5%は当たり前みたいな、まるでどこぞの資源国のソブリン債並みです。
おかげで不動産ファンド化している自分のPFは激しく下落しています。(泣

景況感悪化の中でマンション需要は回復するのか?

自分の答えは今のところ「イエス」。
全国規模ではわかりませんけどね。
関東、特に首都圏の需要は高い確率で回復すると予測しています。
首都圏のマンション需要は不景気感たっぷりだった2002年頃からすでに始まってました。
どうも首都圏住宅需要というのは、一般個人のサイフとはどうも関係ないところで動いているみたいな気がします。
ともかく、その頃から在庫を増やさないようにしてきた不動産ディベロッパーは今の突発的な不況下でどれほど倒産するでしょうか。
昨年暮れからほとんど着工できていない中で、ディべの倒産が激増しないのは無理をしていなかったせいではないでしょうかね。
無理をしていなかった、と言うのは語弊があるかもしれません。
偽装やってまで建築してたところもありましたね。
まぁそれは一部だと思っています。

おまけに、金利先高感皆無。
むしろ全体の景気が下がっている基調にある中で、原油高起因と思われている物価上昇にたいして日銀は、今更金利を上げることは出来ないでしょう。

よっぽど、ゼロ金利に戻して欲しいくらいです。
実は住宅金利、昨年10月以降下落基調です。
(フラット35の2月最低金利2.76%はゼロ金利時代並み。*返済期間21年以上35年以下の場合)

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サブプラ問題が起因とされています。
時期を同じくして起こった先程の問題、売れる住宅が少ない⇒借り手が少ないというのも理由ではないかと思いますけどね。
国内金融機関は巷間噂されるサブプラによる直接的な影響以上に厳しい環境にあるのかもしれません。
そんな訳で今、内需を引っ張ることの出来る、日本全体で見れば一部の住宅需要に阻害要因はないと予想しているのです。
とか、いいながら水準が十分下がっている今、色々いってみてもむなしい遠吠えのようにしか聞こえません(苦笑

あくまで個人の予想ですのであしからず。

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2008/02/06

パラオ旅行記(5日目、6日目)

5日目:1月16日(水) コロール(パラオ)
6日目:1月17日(木) コロール(パラオ)→熊本(日本)

この日はダイビングをしない日。
帰国のためパラオを出発する飛行機がこの日の夜遅く、むしろ明日と言っていい時間に出発します。
ダイビングのルールは、ボンベを使って海に潜った場合に血中に溶け込んだ窒素の量がある程度減少しないうちに飛行機に搭乗を勧めていません。
(PADIでは最低12時間以上待機が必要としています。また、ダイビングの内容によってはこれ以上の待機を取るべき、としています。)

人それぞれ状況が異なるので、海外ダイビングにはダイコン(ダイビングコンピューター)が必要ですね。
これは一見、腕時計のようなものですが、ダイビング時のいろんな状況を計測して記憶してくれます。
危険な浮上速度にはアラームを出し、潜った後に海上に出る前に水深5mでの安全停止の時間を知らせてくれます。
自分はスントのモスキートです。HPにも写真貼ってますが、普通の腕時計タイプです。
飛行機に乗ってはいけない間、表示されるサインは「No」と言う言葉と飛行機マークが小さく現れています。

さて、そういうわけで飛行機に乗る前に体内から窒素を抜くため、この日はまるまる海に潜らない日になっています。
人によっては深夜発の便の場合、早朝ダイビングや午前中比較的水深の浅いエリアで潜ったりする人もいて、それをOKするショップもあるようです。

自分が利用しているデイドリームはあまりそういうことをお勧めしてません。
結局は自己責任だと思いますが、基本的にスキューバダイビングがリスクの高いスポーツだと言うことは言っておきます。

朝、もうすぐ9時になるという、いつもより遅い時間に今回はこれで最後になるレッドルースターの朝食を取りました。
いつものコンチネンタルではなくアメリカンタイプにしました。 ($7)
コンチネンタルと違うのは、ベーコン(もしくはソーセージ)とエッグ(サニーサイドアップかスクランブル)とハッシュドポテトが付いて、フルーツも一種類増えます。

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かなりボリューミィな感じです。普段ダイビングするときにこの量だと自分はお腹がもたれるので避けてました。
天気はうす曇といった感じですが明るいので、これから多分暑くなってくることが予想されました。
風はそよかぜ、海面をなでるように吹いてくる風は心地よいです。

ぼーっと、海や遠くに見えるバベルダオブ島を眺めながら、ゆっくりゆっくり朝食を食べました。

長い朝食をとった後一旦部屋に戻り、準備をしてホテルを出たのは10:00ごろです
向かう先はエピソンミュージアム。
空は晴れ間もあってまぁまぁな天気。

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途中の民家の庭に鶏が何羽も放し飼いにされてました。
庭といっても塀や垣根があるわけじゃなく、鶏ものびのびしてます。
この前日、Tドックに行く途中、赤のセリカから降りてきたのが白い立派なひげが印象的なパラワンの爺さんでビックリしたんですけど、片手に鶏を抱えてました。
闘鶏でもやるんかしら?とも思いましたが、この庭にいる鶏もそうですし、レッドルースター(=鶏)といい、パラワンと鶏は縁が深いのかもしれません。

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↓はホテルから歩いて5分くらいのスーパー

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【エピソンミュージアム】
場所はコロールのメインストリート沿いにあります。ホテルバイザシーから歩いて15分くらいです。
朝は9時からやっているようですが、自分は知らなくて10時くらいに行きました。
建物はレンガ造りっぽいのですが、玄関の柱はミクロネシアンの伝統的な石像を模したものになっています。
2本あって男女をかたどっているようです。
建物の上のほうにはクモ?を図案化したような模様があります。ミクロネシアの伝統的な図案でしょうか?

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中に入るとカウンターがありますが誰もいませんでした。
2階から人の声がします。
エピソンミュージアムは1階が博物館、2階がお土産屋さんになっています。
2階に行くと欧米系のお客数名と、女性スタッフが3人いて女性スタッフ同士でおしゃべりしているようでした。
ついでなので一旦2階を見回ってから彼女たちに声をかけて下に行くことにしました。
お土産屋さんには特別これは、と言うものはなかったですが、WCTCとかよりはお土産屋さんテイストが強いと思います。
品揃えはWCTCのほうが多い気がしますけど、パラオらしい品物はエピソンのほうが多い気がしました。
あくまで印象なのであしからず。
ただ、この後行くナショナルミュージアムのお土産屋さんの方がパラオらしいお土産を買うには適していると思います。
ちょっと遠いですけどね。

2階を見回ったら女性スタッフのうち一人が下に降りていたので、自分もそのまま下りて見学することにしました。
声をかけて5ドルを払い中へと進みます。
エピソンミュージアムはパラオの実業家エピソン氏を記念して建てた私設の博物館です。
パラオの歴史や民俗の資料を展示しています。
一番初めに目にしたのはパラオの旗。日本の旗のようなデザインですが、パラオは青地に黄色い丸です。
はためいたときに見栄えが良いように丸は中心からずれています。
青地は海、黄色い丸は月を表現しているとのことでした。
パラオは比較的最近独立を果たしました。
それまではアメリカによる信託統治が行われていたのです。
この旗も独立時に考案されたものです。

そして第2次大戦時の資料。
日本軍の武器とか生活用品などがあります。
近現代のコーナーを抜けるとバイ(abai)の模型が飾られています。
バイ、とはパラオで地域の集会に使われた建物です。
自分は白川郷の合掌造りの建物に似ている気がしたんですけど、どうでしょうかね。
入口に飾られている両足を広げた人の飾りの実物大も飾ってあります。
そこからはパラオだけではなくヤップやポンペイなどミクロネシアを中心に紹介されていきます。
地下にはカヌーの展示もありました。島によって船や舟をこぐ櫂の形が違うんですね。
このほか貝殻のコレクションやミクロネシアのストーンマネー、ウドウドと呼ばれるマネービーズ、衣装などが紹介されています。
ちなみに、この後行くナショナルミュージアムと違って展示品の説明が全部英語です。
英語力の乏しい自分はこれを全部読んでいたら疲れました。

エピソンミュージアムを出たのは11時過ぎくらいです。
そこから第2の目的地ナショナルミュージアムに向かいました。
地図上の予想では歩いて30分くらいでしたが、予想通り30分かかりました。

↓途中で見かけた「西松建設」

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↓パラオの郵便局。ここしかありません。

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↓パラオでも飲酒運転は禁止です。分かり易い看板。

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途中、学校帰りのパラワンの小学生や中学生風の子供たちがいて、みんな私服ではなく制服であることに気がつきました。
制服はどこも青地なのは先ほど見たパラオの国旗に通じるものがあるのでしょうか。それともたまたまなのか。
この日の曜日は水曜日。そして時間はお昼です。
もう下校の時間なのか?っていう疑問もあったのですが、さすがに子供たちには聞けませんでした。
そもそも彼らの話している言葉が英語じゃないからコミュニケーションの取り様がありませんけど。

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【ナショナルミュージアム】

きょろきょろ周りを見ながら、てくてく歩いてようやく国立博物館、ナショナルミュージアムに到着です。
コロールのメインストリートのマラカル島に向かって進みシェルのGSがある角を左折してあとは道なりです。
途中、ナショナルミュージアムの方向を示す看板が現われるので、歩いていっても道に迷うことはないでしょう。
薄日とはいえ晴れているのと同じくらい日差しは強いので暑かった。

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ナショナルミュージアムの敷地内には先ほどエピソンで見たバイ(ABAI)の実物大模型が置いてあります。
中はかなり広いです。柱や壁に印象的な絵が書かれてありこれらのデザインは素敵だなと思いました。
また島津の十字紋のような模様も数多くあったんですがこれって関係あるんでしょうかね。

中に入ってお金を払って($5)見学開始。
係りの人に順路は右から、と教えてもらいました。
いきなりパラオの創世記の紹介から始まります。
しかもエピソンと違って日本語の説明文付き。
神話、と言ってもいいですがこれがとても興味深かったです。
この神話は後日別項で紹介します。

このほかパラオを古代から掘り下げて紹介しています。
パラオの島内にはいくつも遺跡があって2000年前から人が住み始めた、という研究結果があるようです。
パラオの島々はロックアイランドと言われるようにさんご礁によって形作られています。当然島の基部は石灰質。
その上に年月を経てようやく木々が育つようになっているので、大きな川もないパラオではあまり粘土質の土は手に入らなかったと思うのですが、立派な土器も見つかっています。とても不思議なことです。

土器や石器はエピソンでも展示していますが、ナショナルミュージアムの方が見ごたえはあるでしょう。
遺跡の紹介などもこちらのほうが詳しい感じがします。
古代のパラオを見た後は2階へ上がりスペイン統治時代、ドイツ統治時代、日本統治時代と歴史を追います。

2階の後半部分は日本の統治時代の説明ですが、2階から1階に降りる階段の壁には戦時中日本兵からうけた嫌な思い出を語ったパラオの人々の言葉が展示されてあり、心が痛みました。

一般的にパラオの人は親日派が多い、とか戦時中も日本軍との関係が他所に比べたら比較的穏やかだった、と伝えられますが所詮は比較論でしかないことを痛感します。

日本兵からひどい仕打ちを受けたパラオの人は数多くいることがわかります。
当然のことながらパラオ以外の土地での日本兵の残虐な行為はこれ以上にひどかったのでしょう。
戦争と言うものは人間を鬼畜以下にします。決して正当化できないことだと改めて感じました。

日本統治時代悪いことばかりではなかったことも付け加えてきます。
今のパラオのインフラの大部分は日本統治下の遺産ですし、パラオの文化をパラオ人の誇りとして受け継いでもらいたいと日本人の芸術家、土方久功が伝えたもの=イタボリ、が今は「ストーリーボード」というパラオを代表する民芸品になって残っています。

意外なことに、「山月記」や「李陵」で知られる作家中島敦もパラオと所縁が深いのでした。
これらの紹介もこの2階にあります。

1階に戻ると今度はアメリカの統治時代から独立までを追っています。
降りてすぐ左手ではパラオの自然がさまざまな昆虫などの紹介とともに説明されています。
アメリカの統治時代は無条件にすばらしかったと、やや賛辞が過ぎる表現が多かったと思いましたが、そんな天国のようなアメリカ統治を脱しても独立を目指したパラオの人々の気持ちを察してあげるべきかもしれません。

独立に際しても一筋縄ではなかったようです。十四年前の出来事です。

エピソンミュージアムと同じように、1階入り口横にはお土産屋さんが併設されています。
前述したようにエピソンよりも民芸品の数やパラオらしい品物はこちらの方が多いと思います。

ナショナルミュージアムを出たら2時でした。
2時間近くも居たんですな。まぁそれだけ見ごたえはありましたが。

下の写真は今も残る日本統治時代の遺構です。すべてコロールのメインストリート沿いにあります。

↓パラオ高校正門(旧南洋神社の石灯籠)

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↓現パラオ最高裁判所(旧日本帝国南洋庁パラオ支庁庁舎)

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そこから歩いてなんとコロール島を出ました。隣のマラカル島のダイビングショップまで歩いてウェットスーツを回収しました。
ナショナルミュージアムからマラカル島まで歩いて30分です。
あっちこっちで行われている道路工事とそれに伴う渋滞、古いダンプカーの吐き出す黒い排気ガスに閉口しました。
さすがに疲れて帰りはタクシーに乗りました。
タクシーに乗る際は「~~まで行きたいけどいくら?」と聞きましょう。
マラカル島からコロール市街地までなら、たいがい5ドルです。初乗りって大概5ドルなのかもしれません。
これは数年前から変わってない気がしました。いずれ値上がりするかもしれませんね。
タクシーの運ちゃんと片言の英語で話をしてたんですが、今パラオのあっちこっちで行われている工事は日本の予算、多分ODAだと思いますが、で行われているそうです。少し前はアメリカの援助で行ってて、今は日本の援助とか言ってました。

時系列がよくわかんなかったんですが、ともかく今行われている工事でマラカル島からコロールを経て空港のあるバベルダオブ島までの道が格段によくなる、見たいな事は言ってたような気がします。

出来上がるのはいつ?と聞いたら2009年と言ってました。
まぁ先の話ですね。それまでこの渋滞が続くなんて大変だね、って言うと苦笑してました。

ホテルまで直接戻らず、WCTCで降ろしてもらいました。
そこからサイドロードと呼ばれる裏通りを通って、ドーナツ屋さんとかパン屋さん(クマンガイベーカリー)とかボーリング場とかを確認しながら歩いてホテルまで戻りました。

帰り着いたのは午後4時。
いやーさすがに疲れた。

シャワーを浴びて、荷造りをしてベッドで横になりうとうとしてたら夕方に。
もし夕焼けが綺麗に見えそうだったらまたTドックに行こうと思っていたんですけど、この日、西の水平線は雲が厚かったようで夕焼けは望めそうにありませんでした。

午後6時ごろに夕ご飯を食べに行きました。
メニューを見ると夕飯の品揃えもかなりあるみたいです。よくよく考えてみたら今までこのお店で夕飯食べたことがありませんでした。

噂で評判の天丼($8)とマンゴジュース($2)を注文。
ボリュームはあるし、肝心の天ぷらがさくさく感たっぷりで日本でも十分通用する天丼です。
ご飯はまぁそれなり、と言ったところでしょうか。下手な日本のお店よりは気を利かせた炊き方です。
天つゆはやや甘めです。できれば山椒なんか置いてあると言うことないんですけどねえ、まぁそれは高望みでしょうねえ。

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パラオで、しかもレッドルースターでしっかりした日本食が食べられるなんて思っても見ませんでした。
天丼以外の夕食メニューは、また今度来たときのお楽しみとしておきましょう。

まったり夕食を食べた後は、通路のテーブルでこの日の出来事をメモ付けして、そのあと空港へのピックアップまでの時間は少し寝てました。
11:30に部屋の電話が鳴り、部屋を後にしてチェックアウト。
このとき、部屋の冷蔵庫内にあったサービス品と思って飲んだミネラルウォーターを請求されました。なんと$4。高っ!
ホテル内の商品には気をつけましょう。
そして、ここに来たときと同じ兄ちゃんにピックアップされて空港へ。

空港に着いたらまずはチェックインカウンターなのですが、この日はカウンターのある部屋の前にテーブルに座った女性がいてパスポートを確認されチケットをもらいました。

その後カウンターで預ける荷物の確認をして、セキュリティーチェックのため手荷物のエックス線検査を終えて預けたら、出口で出国税20ドルを払います。
その後は出発までの時間つぶしになるのですが、この時点で出発まで2時間以上あります。
パラオ空港では2階へ行ってそのまま直進して出国審査を通り過ぎてしまうと発着ゲート前のロビーでただ待つだけ、ということになります。
そこには簡単なお土産屋さんしかありません。
そこで2階へ上ってすぐに右手のレストランで時間つぶしすることにしました。
自分が席に着いたときにはまだ数組しかいませんでしたが、時間を追うごとに人が増えていきました。
スパムとコーラを注文。決して夜中に食べる物ではないのですが、何かみょーに食べたくなったんです。
これらをちょびちょびつまみながら、メモ付けしてました。
すぐ隣のテーブルでは、ドイツ人の男女3人組がノートパソコンで自分たちが撮影したのであろうダイビング写真を見ながら思い出話をしているようでした。話の中身なんてわかりゃーしないので、いいんです。ただ、チラ見した写真はかなり気合の入ったきれいな写真ばかりで内心すっげー、と感心してました。

スパムとコーラで1時間も粘って出ることにしました。我ながらようやるわ、とちょっと感心したりして。
出国審査と手荷物検査を過ぎ発着ゲート前の待合室は既に大勢の人がいました。
なんとか座って待つこと1時間。ようやく搭乗が始まり飛行機に乗り込みました。
離陸したのは2:30過ぎ。飛行機の中ではすぐに寝てしまいました。
グアムに着いたのは4時半ごろ。
日本からグアムに来たときのように、入国審査、乗り換えチェック、セキュリティチェックを終えると搭乗ロビー。
グアムから日本に向かう便では福岡空港行きが最も早く待ち時間が少ないです。ここまで来れば出発まで40分くらいでした。
グアムで見るのは日本人ばっかり。ここは日本か、と思いたくなります。
そんな慣らし運転も必要なんですかね。
聞きなれた博多弁が飛び交う博多行きの飛行機に乗って、5:50定刻どおりグアムを出発。
この時間まだグアムは真っ暗です。

↓グアムー福岡間で出された機内食

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↓博多の街並み

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ようやく博多に着いたのは17日10:00頃。
寒さを感じて日本に帰ってきたことを実感しました。
11時過ぎの熊本行きの高速バスに乗って無事、自宅に帰還。

パラオから帰っても、やっぱりまたパラオに行きたい、って思います。
今回は潜るだけじゃなく、パラオの文化をよく知るいい機会でした。
おかげでパラオの魅力が増えた気がします。
おまけに今までになくすごくのんびりした気分にひたれました。
自分にとってはリラックスするには最高の場所のような気がしています。
また1年くらい経ったらパラオダイビング計画しようかなっと。

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2008/02/05

スバル販売50周年とオイル交換

立春が過ぎました。

相場の世界では「節分天井、彼岸底」と言われます。
どう見ても今が天井なんて思う人はいないはず。
今年は大変な節分になりました。
ちなみに彼岸とは春分の頃かな。
これは3月の終わりごろになります。
昨年暮れくらいから彼岸底になるんじゃねーかなぁ、と見通しを立てていたんですがね。
節分底になりそうな気配も感じています。

それはさておき、冬至以降、刻一刻と昼の時間が長くなっていきます。
朝、会社に出社する際にまっすぐ東をむいてはしるのですが、一時期に比べ日光がそれほど低くなくまぶしさを感じにくくなってきています。

今朝の気温はマイナス一度。
久しぶりの氷点下でインプレッサのフロントガラスに霜が降りていました。

インプレッサと言えば、昨日熊本スバルからDMが届いていました。
今週末の3日間、大感謝際です。SUBARU発売50周年記念、ということらしい。
http://www.subaru.jp/information/topics/campaign/thanksfair/
↑公式サイトを見ると先週末から始まっているところもあるみたいデス

先々週末は定例のスバル感謝デーだったので、たまたまでしょうけど3週連続イベントのようです。
地方ディーラーのイベントの中身はかなり盛りだくさんですが、どちらかと言うとファミリー向けの内容。
お祭りみたいで楽しそうです。
はずれなしのくじ引きとかあるみたいです。4等はトイレットペーパーですが(笑
特別価格のオイル交換や車の無料点検などのサービスイベントもあるか。
まだオイルの交換時期には早いのですがどうしようかなぁ。
前回オイル交換を行ったのが昨年10月なのでまーだちょっと早いんよねぇ。

車のオイル交換、というのは半年に一回とか1年に一回とか、いろいろいわれています。
走行距離5000kmに一回とか1万kmに一回とか。
(*スバルインプレッサの場合のメーカー推奨交換時期は走行距離10000kmもしくは6ヵ月のいずれか早いほう。シビアコンディションの場合はこの1/2。)

自分の車はターボ車ですが一般にNA車よりは早めの交換、といわれます。
しかし実際にターボをガンガンに効かせて走ることはめったにありません。
高速巡航しているときにようやく、「あー、ターボ回っているな」と感じるくらいです。
普段の会社通勤でエンジン回転が2000rpmを超える時間は全体の1割にもなりません。
非常に残念な使い方です。
(たまに気温の低い日に、非常に低い回転(1500rpm付近)で駐車場にたどり着いてそのまま車を止めたりすると、プラグがかぶる確率が高くなります。
次にエンジンかけるときにすんなりかかりません。こんなことは滅多にありませんが。
あまり低すぎる回転数もエンジンにはよくない、という証拠です。)

しかも、以前住んでいた場所は山がちで坂の多かったのでエンジンには負担がかかっていたと思うのですが、今走っているのはほとんど熊本平野の平坦な道。
月に1~2度、玉名スカイライン(勝手に命名)走ったってたかが知れてます。
そんなおとなしい運転している自分のインプレッサのオイル交換時期はNA車なみでもいいんじゃないかい、と思うのですがどうでしょうかね。

ちなみに今まではメーカー推奨値を目安に5000kmに一回程度のサイクルでした。
中古で購入してこれまで3年で4万キロ走行しています。オイル交換8回行っています。
平均燃費は9.21km。ターボ4駆でこの数字はまぁまぁでしょう。
ターボ4駆で燃費の話をしてどうするんじゃ、という意見もあるでしょうが。
ここ最近の燃費も特に悪化していません。まぁむしろ購入初期に比べたら良くなっているほう。
オイル交換は早めに、という話もありますが、早すぎるのもあまりよくない、と言う話もあります。
時間と費用と手間がかけられるのならば、いろいろ試行錯誤してみるのが一番いいと思います。
目安はやっぱり燃費ですが、オイルゲージによるオイルの色の変化具合も目安になるかと思います。

自分のベストは今のところ
交換時期:5000km前後での交換(8000~3000kmで試した結果)
交換オイル:スバル純正(低粘度カストロールと比較の結果)
というところでしょうか。
(車種:01年式スバルインプレッサWRX STI)

交換時期に関しては熊本の道路事情に合わせて調整してみようと思います。

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2008/02/04

旅がらす

先週末は仕事で長野県へ出張してました。
九州に比べるとやはりあちらは寒いです。当たり前ですけど。
昨年は暖かくて現れなかった諏訪湖の御神渡りが今年は現れているそうです。
確かにそれくらい寒い、冷たい、ってぇことはわかりました。
これから冬の寒さのピークが来ますからねえ。
あれ以上に寒くなったら自分はもう生きて行けん気がします。

それはさておき。

行き帰りのJALの機内誌読んでいたら角田光代さんという方が、
『私の一年間は、旅に出ているときと、旅をしたいと思っているときで成り立っている』
と書いておられました。

激しく共感してしまいました。だって自分もそんな感じ。
文筆家でもない普通のサラリーマンがそんなおちゃらけてていいのか?
っちゅう話ですな。
いいなぁ、文章書いて生計立てられている人は。
自分にはその才能がないのでただただ憧れるばかりです。
加えて、旅行にいけないときは本を読んで旅行した気になる、と言う点でも激しく共感してます。
自分は旅行した気になるだけでは飽き足らず、結局その舞台となった場所に旅行したくなる、のですが。

この方は最後をこう締めくくっています。
『本というのはいちばん手っ取り早いパスポート』であると。
旅行してばかりで、最近あまり本を読んでいないことに気がつきました。
パラオとペルーの思い出が枯れてきたら、次に読む本をかんがえようっと。

話は変わりますが、昨日、関東は大雪だったみたいです。
帰りの飛行機を日曜にしてたら大変なことになってました。
珍しいことに、昨朝、群馬の父ヤスオから電話があって、群馬は大雪だが熊本はどうか?と。
昨日の熊本は冷たい雨でしたけど雪は降りませんでした。
実家は群馬の平野部の利根川のそばなんですが、そこでも朝方ですでに「5cm積もっちょる」そうでした。
群馬平野部はあまり積雪しないので、5cmでも大雪です。
みんなひっそり家の中で待機していたんじゃないでしょうか。
そんな寒い実家にペルー土産のアルパカセーターやらを送りました。
妹夫婦と姪二人にはアルパカの手袋。
まぁ、これで寒さを乗り切ってくれい。

またまた話は変わりますが、昨日、雨の中ぶらぶら車を走らせていたら、いつのまにか菊池に来てました。
昼間なのに気温は5℃。

さっむー!

ふと、鞠智城址、と書かれた看板を見つけてちょっと寄ってみることにしました。
菊池市内を抜けて上り坂を行くと急にひらけてかなり特徴的な木造三層の塔が見えてきます。
駐車場に車がかなり止まっているものの、公園内には人影はありません。
そりゃーそうだ、だってさみーもの。でも車の人はどこへ?

折角なので傘さして公園内をぶらつきました。思いつきで来た為にカメラなしです。
案内板によると、先ほどの三層構造の塔は三階に太鼓を置いて鳴らす「鼓楼」というものだそうです。
塔は底辺が八角形の形になってまして、もちろん現代の復元物ですが今までに見たことのない構造の建物です。
広大な敷地に広がる施設群は、時代は6世紀末、昨年暮れに行った大野城と同時期に、同じ目的で作られたものです。

「鞠智」と書いて「くくち」と呼ばせるみたいですが、なんせ1300年以上も昔のことなのではっきりとしたことは分からないらしい。

礎石など遺構が数多く発見されています。当時の瓦なども出土しているらしい。
城址は公園になってて、とにかくだだっ広くて、芝は枯れてましたがふわふわだし、天気が良くて季節が暖かければかなり気持ちいい公園だと思います。

入園にはお金は要りませぬ。
んが、しかし。
この日はとにかく寒くて寒くて凍えそうでした。

途中見かけた案内板に、鞠智城が現れる史書をもとにした年表がありまして、「三代実録」という書に

『875 貞観17年 カラスの群れが菊池郡倉舎(鞠智城内の倉庫)の葺草(多分屋根の萱草だとおもわれる)をかみ抜く。』

とありました。
屋根がカラスに食い破られた、ってわざわざ史書に書くってのはどんだけぇーダヨ、って一人大笑いしてしまいました。

いろいろなシチュエーションは考えられるんですけどね。
まぁ時代が下って重要性は失われていたにせよ、鞠智城は当時も天下の名城もしくは近在の中心地、と言ってもいいポジションを占めていたと思われるわけです。

太宰府で聞いた話では鞠智城は城というよりも大野城、基肄城の兵站基地としての役割だったそうな。
その、さらに重要な倉庫(おそらく食料庫だとおもわれますが)の屋根がこともあろうかカラスの大群がワサァーっとやってきて屋根をついばみ始めるんですよ。

お城の官人達はそりゃー大慌てです。
きっと長ボウキやら太鼓や鐘を鳴らしてカラスを追い払おうとしますが、敵もさるもの、全く動じることなく屋根をついばみ続けます。

当時の官人の気持ちはおそらくヒッチコックの「鳥」の出演者のような気持ちか、それ以上だったかも知れません。
ついには屋根をかみ抜かれ、倉庫内の食料(米?)にたかられて散々な有様になってしまう。
そりゃー兵権の長であろう天皇は激怒するでしょうなぁ。
カラスごときに兵站を襲われ、おめおめされるがままだったとはふがいない防人らめ、と。
防人の意味ねーじゃん、この無駄飯食いがっ!くらいに感じた思います。
かくして鞠智城の官人・防人らはカラスにしてやられ、天皇には大目玉をもらい、史官にはこの年のことを史書に書き残され後世の恥さらしとなり、もう穴があったら入りたい気分だったに違いありません。

まぁ寒空の下、そんなこんなを想像しながらゲラゲラ大笑いしてました。
カラスと人間の戦いは1000年以上も続いているんですなぁ。
いやはや、すごいわ。

また暖かくなったらカメラもってこようと思います。

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2008/02/03

減税復活を激しく希望

昨夕、熊本空港からの帰りにジャスコによってきました。
自分は餃子大好き人間なのですが、ちと世間の餃子騒動が気になったんですね。
店頭から全ての餃子が消えているかというと、そうではない。
当然日本で作られたものもあるでしょうから消えるわけはないですね。
最近、というか熊本に来て見つけてから何度か買っている水餃子は変わらず置いてありました。
ああ、よかった。
ちなみに自分は焼き餃子よりも水餃子が好きです。

カップラーメンのコーナーに行ったら、今まで100円で買えたものが110円になってました。
日清のカップヌードルなんて100円だったものが130円くらいになってました。
すげー値上がりっぷり。
普段そんなに買いませんが、かなりびびりましたね。
ジャスコのトップバリュー製品はそのままでしたけれど他の商品では値上がりしたものが結構あるようです。

消費支出は確実に増えています。
それも消費活動が活発になった結果ではなく物が値上がったので仕方なく、というのが実情。
昨年税金が上った(正確には減税分がなくなった)ことはあまり取りざたされてませんが、月で数万円くらいは手取りが減っているから痛いねえ。
あれだけ国は吸い取っているのに、税収って増えていないのでしょうか?

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2008/02/02

ペルーの側面

ペルーの首都、リマの人口は800万人ほどです。
大阪府の人口が880万人ですからこれとほぼ同じくらい。でも人口密度は大阪のほうが倍くらいあります。4600人/km2ほど。

大阪と言わず日本の大都市は高層建築の住居が多いので人口密度も大きくなる傾向があります。
人口1200万人の東京都で5800人/km2です。
リマにも高層建築物はありますがごく一部、オフィス向けと思われるビルとホテルくらいです。
マンションはほとんどないんじゃないでしょうかね。

リマのセントロ地区、アルマス広場に面して大統領官邸があります。
この裏手にはリマック川が流れています。
自分が見たときは普段よりも水量が多いみたいで、いつもこんな色しているのか、というくらい茶色い色をしていました。

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川の上流、アンデス山岳部が雨季のせいかもしれません。
リマック川にかかる橋から北東のほうに見えるのはサンクリストバルの丘。
ここの斜面に沿って貧しい人々の家が並んでいます。

080202san_cristbal

カラフルに見えるのはペルーの元大統領、フジモリ氏が見栄えが良くない、といって無料でペンキを配ったら、みな思い思いの色で塗ったためにこのようになった、と現地ツアー会社の人に聞きました。

こうした貧民街はここだけでなく、リマ郊外のほかの丘陵部にも、それ以外の場所にもたくさんあります。
普通、山の手というと高級住宅地のイメージですが、リマでは低所得者層が不便な(でも土地の値段はほぼ「ただ」同然の)丘の斜面に追われてやむなく住んでいる、と言う感じがしました。

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リマからナスカに向かう道路はペルーのコスタ(海岸部)を縦貫します。
このコスタはほとんど砂漠地帯です。自分は生まれて初めて砂漠のなかを通る道を走りました。
この砂漠地帯にも貧民層が住んでいます。家は小屋というより単なるムシロの囲いのようです。

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日干し煉瓦を積み上げて作った小屋はまだいいほうなのかもと思えるような感じです。
広さは4畳半か6畳くらいの広さに見えましたがどれだけの人が住んでいるんでしょうか。

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こうしたところには当然水も電気も来ていません。水は配水車がくるらしいです。
たまに電気が来ている小屋を見かけるとかならずTVアンテナが立っています。
前にタクシーの話を書きましたが、こういったところの人がタクシーや乗り合いバスに乗って町や農場に出かけて働いているようです。

ペルーの貧民層(この表現そのものが適切ではないかもしれません)、と呼ばれる層は人口のかなり大きな部分を占めています。
フジモリ前大統領が彼らの環境改善をずいぶんと行っていたようです。
自分は今の姿しか知らないのでどれだけその効果があったのか知りません。

今の日本は景気が良くない、と言いながらもペルーのように激しく貧しい人々の層はありません。
しかしペルーは物価が安いため、貧しくても生活の立てようがある国である、ともいえます。
日本は物価が高く、少しでも貧しくなったらどうにも生活できない、と言う環境であるとも言えます。

リマの街中で、信号待ちしている車の周りを子供たちが側転したり飛び跳ねたりして見せて、お金を要求していました。
退屈しのぎをしてあげたんだからお金頂戴、と言ったところでしょうか。
信号待ちにジュースやらお菓子を持って売り歩く人々もいました。
とにかく何かしらお金を得るためにみんな働いて(?)いる、と言う感じです。

080202pelu_children_2

日本で言うところのワーキングプアーの問題は金銭的な物質的な問題よりも精神的な部分が大きい気がしてきました。
働いても一向によくならない環境、と言うのは程度の差はあるのですが日本もペルーも似たようなものです。
一方で日本の「ワーキングプアー」と言う言葉には、「無気力感」もしくは「失望感」が漂っています。
ペルーの人は必死です。むろん、よく知らないから勝手なこと言っているのかもしれません。
でも見たままで言えば、ペルーの貧しい人は生きることに必死です。
この辺りに問題の本質があるような気がするのですがどうでしょうか。
決してペルーの状況がいいとは思いませんが、日本人に漂う無気力感の原因を解決しないと将来大変なことになりはしないだろうか、と考えたりしました。

話の流れが思っても見ない方向に行ってしまいました。
自分の見た、ペルーの観光地ではない部分の今現在、がうまく伝わると良いのですが。

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2008/02/01

ペルーの車

ペルーの車はパラオに劣らず古い、と書きました。

いきなりですがフォルクスワーゲンのビートル。
今は洗練されコンパクトな感じに生まれ変わっています(ニュービートル)が、この先代のビートルは世界で最も多く生産されたモデルとしてギネスに載っています。

エンジンはインプレッサと同じく水平対向4気筒で、駆動系レイアウトはポルシェとおなじくRRです。
自分は今のニュービートルよりも、この先代ビートルの形が好きでした。

1938年から2003年まで長きに渡って生産されたこのモデルは世界中で愛された名車中の名車といってもいいんですが、リマ市内ではわんさか走っていました。

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いやもう、懐かしいッたらありゃしない。
しかも路肩に止まってエンスト起こしている車の多くも、このビートルでした。(笑

ペルーには車検がないそうです。
車検を法制化しようという動きはあるらしい(過去にもあったらしい)のですが、多分通らないでしょうね、とはあちらのツアー会社の方のコメント。

ビートルに限らず、とにかくぼっろい車が町中を駆け巡っています。
いや、ひょっとするとビートルは綺麗なほうかもしれない。(汗
あっちこっちぶつけた後があったり、パネルやバンパーなんかが外れかかってたりしてます。
ホントによう走っとるなーと思いました。

国籍で言うと日本車よりも韓国車が多く、特に大宇(デウ)の車がかなり多い気がしました。
日本で言うと多分旧型アルトのようなデザインの黄色いタクシーが走っていますが、これもデウ製。
マイクロバス風のバスもデウ製。ヒュンダイのバンやバスも多く走っていました。
旅行期間中、リマからナスカまで陸路を片道7時間かけて走っていきましたがこのときの車はヒュンダイ製のミニバンでした。
車種はよく分からんけど、車格に対してエンジンがいまいち非力な感じ。内装はまぁまぁ立派。

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日本車は日本から中古車を輸入して右ハンドルを安価に左ハンドルに変えて販売されているらしいです。
社会インフラが左ハンドル向けオンリーなので右ハンドルではどうにもなりそうにありません。
もともと左ハンドル車仕様で安い韓国車が多く出回っている理由もここにあるのでしょう。
ハンドル変える手間まで含めて日本車もそこそこの数が走っているのはすごいことかもしれません。
日産やトヨタのピックアップトラックも多かったですがこれは北米から回ってきた中古車でしょうか。
あとトヨタ・ヤリス(日本名はヴィッツ)とかターセル(特にセダン型が多かった)とかもありました。
日本車(スズキとかダイハツ)の軽っぽいのも走っていますが排気量や車種がいまいち分かりませんでした。

この辺の車がまた古いだけじゃなくてチョーボロイ。「チョー」が一個だけじゃ全然足りないかも。
前述のようにパネルは外れかかっているわ、傷だらけだわ、どっかのジャンク屋からスクラップ寸前のものを持ってきたのか、と思ってしまいます。

マフラーから真っ黒い排煙を吐き出しながら、クラクションをブーブーけたたましく鳴らして走る姿は唖然とします。
日本ではありえないでしょう。
そんなぼろい車にぎゅうぎゅうづめで人が乗っています。
ワゴンのタクシーなんかもあって後ろの荷台にも人を乗せるらしいです。
とにかくまぁ車を酷使しております。

タクシーも一般的な車の範疇から外れた車も数多くあります。
いわゆる3輪車タイプの車、形は今のミゼットⅡみたいなんですが幅は広めで当然複数人乗り仕様です。
正式な名前がなんていうのか知りません。
上とは別にバイク風で後輪が2台のバイクを並べた3輪車にしたようなものも多いです。
ホンダの看板の前にズラーッと並んでいましたから、ホンダ製であることは間違いないんですが。

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これ、考えたのってやっぱ日本人なんですかねえ。

ペルーくんだりまで行って車だけ見てきたのかよ、って言われそうですが外国の車事情って見ているとけっこう面白いですよ。

さてさてペルーの首都リマでいっぱい見かけたいろんな形のタクシー。
これらのタクシーやバスは運賃がすごく安いらしいです。
タクシーはともかく、マイクロバスを利用した乗り合いバスなんかは運転主とは別に客の呼び込みする人も乗っています。
街角でバス待ちの人がいると、「~へ行くよ~」と行く方面(土地の名前よりも通りの名前を言うらしい)を大声で叫びます。
行き先が合う人はそのバスに乗り込み、1ソル(3~40円)払います。あとは降りる場所が近づいたら運転手に言うだけ。
です。つまり全線共通運賃でしかも3~40円の値段でどこでもいけちゃうんですね。

安い。

ガソリンスタンドの項でも言いましたがこれらの車は最安のガソリンを入れます。
それでも11ソレス/ガロンくらいはかかるわけですから常に満員にしてないと元が取れないのでは?と思うのですがねえ。
あんな車じゃ燃費もよくないだろうしねえ。

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