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2004/10/23

 秋の短編旅行⑤ 

芭蕉☆奥の細道☆曽良


松尾芭蕉一行は奥州への途上、ここ黒羽に長逗留している。
その縁であろう、黒羽町にくると「芭蕉の里」の案内や‘のぼり’がいっぱいある。
町全体から、芭蕉で町おこし、というオーラを感じた。とはいえ、というか、さもありなんというべきか、町の雰囲気は落ち着いたものであるが。

町の中心に程近い山に黒羽城址があり、その三の丸跡に芭蕉の館という芭蕉の足跡しのんだ資料館がある。
芭蕉は日光方面から矢板、大田原を経由して黒羽街道(日光北街道)を通り黒羽に至ったらしい。
その途上で、

『那須の黒はねと云所に知人あれば是より野越にかゝりて直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず「いかゝすべきや、されども此野は縦横にわかれてうゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」とかし侍ぬ。ちいさき者ふたり馬の跡したひてはしる。独は小姫にて名を「かさね」と云。聞なれぬ名のやさしかりければ、

かさねとは八重撫子の名成べし
曾良

頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。 』

(松尾芭蕉「おくのほそ道」より)


かさね、という優しげな名前に感銘を受けて河合曾良が句を読んでいるが、芭蕉にとっても印象深い名前であったらしく、後に「我、子あらば、この名を得させん。」と言っている。


写真は黒羽城址の西、車で15分くらいの場所にある西教寺にある句碑



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